第2話 いとしの姫君
やっぱり午前中は、ほとんど仕事に身が入らなかった。
心ここにあらずで、ぼんやりと空を見上げる。太陽が高い。もうすぐ、昼だなあ。
そう思ったとほぼ同時に、正午を知らせるベルが鳴った。
「やった~! 飯だ~!」
後ろで弟分のターサが調子よく叫ぶ。
「腹減った~!」
続けて他の弟分、キジム、ゴロー、ユンカス。奴らは現金なもんで、さっきまであれだけダルそうに荷物を仕分けてたくせに、飯の時間となれば急に元気になる。仕分け途中の荷物をさっさと放り出して、休憩所に走り出す。幸い親方の姿がないからいいものの、見られてたら雷みたいな怒号が飛ぶ事間違いなし。
俺の働く集積所は、このサンタルファンの街の砂漠に面した一番端にある。砂漠から吹き込む砂混じりの風のせいで、毎日仕事終わりには頭から足元まで全身細かい砂塵にまみれる。
ここマーズは砂漠だらけの小さな惑星だけど、太陽系を行き交う物資の流通地点。太陽系で一番、商いの盛んな惑星。
怪物並みの馬鹿力の相棒オリンクが居ないときは、こいつら四人が手伝ってくれる。
18歳になってから、オリンクは頻繁にマーズ城に帰るようになった。
俺もいまだに信じられないけど、オリンクの素性はマーズの王子だ。何でもマーズ王家には十代の間に二年間民間人に混じって労働するって風習があるらしく、オリンクはその期間の真っ最中。本来の期間はとっくに終了してるけど、本人が期間の延長を申し出で承認されたらしい。更に延長を申請してるらしいけど、通るかどうかはまだ微妙。
現マーズ王は高齢だし、オリンクには両親が居ない。だから、あいつも何かと大変なんだろうな。俺なんかには到底判んねえけど。
俺と弟分たちが生まれたのは、銀河系の最果てにあるルニアっていう小さな星。
まだ小っさいガキの頃に故郷のルニアで内戦が勃発して、俺たちは避難船に乗せられてマーズに逃がされた。それからこのサンタルファンの街に辿り着くまで、いろんな場所を転々とした。その頃の事は、俺たちにとって思い出したくもない記憶。
まあ要するに、大変だったけどきちんと今があるわけで。
四人の弟分たちは、休憩所に用意された昼飯に我先にと手を伸ばしていた。
俺はぼんやりとしながら、残った昼飯を手に取る。何だよ、何でサンドイッチとミルクしか残ってねえんだよ。何だか不満を云う気分にもなれず、俺は黙ってサンドイッチに一口かぶりつく。
「へへ、俺さあ、昨夜ラオン姫の夢見ちゃった」
ターサの一言に、俺は思わずサンドイッチを喉に詰まらせかけた。
「うわっ、いいなあ」
「ターサずるいぞっ!」
「夢だからって、抜け駆け厳禁!」
他の三人が、焼きモチによる抗議を上げる。
巨大惑星ジュピターの姫、しかもすげえ美少女に成長したラオンは、最近やたらとメディアで報道されるようになっていた。こいつら四人共、筋金入りのラオンファン。
俺も度々、映像や写真でラオンを見る。俺の記憶の中よりも、どんどん綺麗になっていくラオンを。
他の三人にブーブー云われながら、ターサが自慢気に夢の内容を語ってる。何だ、その程度の夢か……。俺が昨夜見た夢の内容なんて、口が避けても云えねえな、こりゃ……。
俺は気まずさに、視線を
「けど、いいよなあ、ソモル兄ちゃんは」
いきなり、矛先が俺に向いた。少々やましい気持ちもあったせいで、一瞬ギクッとする。
「なんだかんだ云って、ソモル兄ちゃんばっかモテるしさあ」
キジムが口を尖らせる。何だ、何の話だ。いつの間にか、話題が変わったらしい。
「そうだ、モテ過ぎなんだよ兄ちゃん!」
ユンカスが、つぶらな瞳を不満げに俺に向ける。
へ? モテ過ぎ? 何云ってんだ、こいつら。
俺がキョトンとしてると、奴らは次々に好き勝手な事を云い始めた。
「パン屋のアンジェリカだって、兄ちゃん狙いだしさあ」
「肉屋のとこのベスだろ」
「小道具屋のメイヌーンだってそうだよ」
ランダムに三人の女の子の名前が出てきた。皆、俺が午後に荷物を配達に行く先の子たちだ。そういえば最近荷物を持ってくと、三軒共、親父さんじゃなくてこの子たちが受け取りに出てくる。俺はなんとなく、そんな事を思い出した。
「知ってたか、この三人、最近仲悪いんだぜ」
「ソモル兄ちゃんをめぐる、ライバル争いだよ」
え、なんだそれ……? そんなの初めて聞いた。
「兄ちゃん、にっぷいなあ! 三人の態度見れば普通気づくだろ」
ターサが生意気な感じにぼやく。何か、憎たらしい……。
三人の、態度……。
配達した時に、たまに手作りのクッキーやらマフィンやら渡されたり……そんな事を思い出す。
「それだよ! 全く、どうして気づかないかなあ」
俺がその事を呟くと、呆れたようにゴローが云う。
「俺だったら、その時点で舞い上がってるよ」
ターサの一言が単を切ったように、四人が好き勝手にあれこれ騒ぎ始めた。俺は完全に、一人悪者扱いだ。めんどくさくなって、俺は食べかけのサンドイッチとミルクを抱えて休憩所を逃げ出した。
外のコンテナに腰かけて、ふ~っと大きな溜め息を吐き出す。残りのサンドイッチを二口で食べ、ミルクで流し込む。腹五分目の物足りない昼飯を平らげて、そのままコンテナに仰向けになった。視界の全部が、空一色に呑まれる。
配達先の、三人の女の子の顔を思い浮かべてみた。
全然、ドキドキしなかった。
切れ切れに伸びた薄い雲が、縞模様になって空を流れていく。
また、ラオンに会いたい気持ちが俺の心を染めていった。
to be continue
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