ヒメゴト―未成熟な俺たちは、パラレル宇宙で恋をする―
遠堂瑠璃
第1話 俺はきっと、あの日アイツに恋をした
これは、宇宙のもうひとつの可能性の物語……。
云うなれば、全く別の宇宙で起きた現象……。
時は宇宙歴7005年。
これはそんな宇宙で出会った、一人の少年と姫の『恋』という現象の物語……。
∞
「僕はね、幻の遊星ミシャにある、クピトという宝石を手に入れる為に、内緒で城を抜け出してきたんだ」
あいつは、眼をキラキラ輝かせながら俺に云った。
そんじょそこらじゃ滅多にお目にかかれない程の可愛らしい顔をした女の子のくせに、あいつは自分の事を『僕』と云う。しかもその素性は巨大惑星ジュピターの姫君だというのだから、
「クピト……」
聞いた事もない星と宝石の名前に、俺はオウム返しに呟く。
「クピトは愛を司る宝石。それを手にした恋人同士は、永遠に尽きる事のない愛を得るんだって」
まだ出会って一時間もしない俺に、あいつは嬉しそうにそんな夢物語みたいな話を語ってくれた。正直最初は、ずいぶん変な事云う奴だと思った。初めて酒場のカウンター席で見かけた時から、ちょっと風変わりな奴だとは感じてたけど。
「僕の父上が伝説好きで、いつか話してくれたんだ。僕の名前も、古の惑星の名前から貰ったんだって。遠い昔に滅びたその星の言葉で、夢って意味があるんだって」
あいつが、
遠い昔に滅びた星……。今はもう何処にもないその星の言葉で、夢。
ラオン。
それが、あいつの名前。
あいつと出会った、あの日の夜の出来事。
それは、あれから四年経った今でも、俺の中に鮮やかに焼きついた記憶。
絶対に忘れられるわけもない、淡く仄かな……大切な記憶。
∞
初めて出会ったあの日の夜、俺はラオンと同じ寝床で添い寝した。
いやらしい意味じゃなくてだ。
ベッドがひとつだったから一緒に寝た。ただ、それだけの話。俺が13歳、ラオンが11歳の頃の事。完全に熟睡するあいつの横で、俺は平常心を保っていられたわけではないけど……。
その晩、俺は夢を見ていた。
出会ったあの日と同じように、俺はあいつと同じベッドの中で添い寝していた。
違うのは、あいつが15歳で、俺が17歳だという事だけ。
ラオンの寝顔が、信じられないくらい間近にあった。
ほんの10㎝……いや、もっと近いかも。
緩く繰り返されるラオンの呼吸が、極微かに俺の鼻の下辺りをくすぐってくる。
この情況って……やばい……かも。
俺は動く事すらできずに固まったまま、眼はラオンの寝顔に釘付けになっていた。
そうしてるうちに、体の内側の方が次第にうずうずとこそばゆくなっていく。急激に理性は沈み込み、欲望が俺の意識の縁に手をかけて、ズルズルと這い上がってくる。
俺は、ラオンの頬に手を触れていた。
ずっと触れてみたかった、ラオンの頬。その白い頬に、初めて触れる。
驚く程、柔らかかった。
ドクンドクン
欲望と衝動が騒ぎ出す。その中に、俺の意識が呑まれてく。
もう、止まらない……。
ラオンに気づかれないように、そっと上体を浮かす。
ゆっくり、ゆっくり、近づいていく。
俺の乱れた呼吸と、ラオンの寝息が重なる。
ラオンのぷっくりとした
∞
たった一人の寝床で、熱に浮かされるように目が覚めた。
意識がぼーっとしている。見慣れた朝……。
脳神経が、じわりじわりと覚醒していく。
……なんて夢見てんだ、俺はっ……!
一人で仰向けになったまま、夢の内容を思い出して赤くなった。
欲求不満なのか、俺は!
夢の中とはいえ、なんて事してんだよ俺。なんだか、情けない。
ラオンと最後に会ったのは、二年前。ラオンが13歳、俺が15歳の時。
夢の中のラオンの寝顔と、二年前の夜の無防備なラオンの寝顔が重なる。
確かに俺はあの日の夜、あいつの寝顔を見てキスしたい誘惑に駆られた。けど、未遂に終わってる。夢の中みたいに、実際に行動にすら移してないし。
……って、結局俺の願望か……。
あいつが眠っている間に唇を奪おうとしてしまうような、卑怯な奴なんだ、俺は……。
ああ、なんか、仕事行きたくねえ気分。
夢の残骸は、あきれる程に現実の俺の元に残っていた。
ふーっと、大きな溜め息ひとつ。
思春期の、
外に出て、俺は朝の空気に肌を晒した。思いっきり、伸びをする。
空は晴れ。
マーズの赤い空に、薄く白い雲が一筋。
俺とラオンは、伝説の遊星ミシャに二人で辿り着いた。
四年前の出来事。
ミシャは、幾つかの条件が結びついた時、現れる。宇宙の何処とも知れない場所に。
それは、奇跡のような可能性。
宇宙の
ミシャが現れた瞬間……その光景は、今でもはっきりと思い出せる。
羽根のように光がはためいて、それが次第に緩やかな球体を
揺らめき漂う青い光。まるで海を游ぐ、綺麗な魚。
ラオンはそこで、クピトを手に入れた。
けど俺は、ラオンがクピトを得る瞬間を見ていない。
ミシャに辿り着き宇宙船を降りた
重たい霧が晴れ、その先には背中を向けたまま立ち尽くすラオンが居た。僅かに残った霧を
俺が呼ぶと、ラオンは初めて気づいたように振り向いた。その足元に、キラリ
ラオンはしゃがみこむと、砂の上に転がるそれを手のひらで
「愛を司る宝石、クピトだよ。僕が手に入れたんだ」
綺麗な翡翠の眼を真っ直ぐに俺に向けて、ラオンが云った。
それが、ミシャで俺が見た全て。
そう。俺は、あの星で起きた事の顛末を、何も知らない。
俺が霧に包まれている間、ラオンが何と出会い、どうやってクピトを得たのか、その何ひとつ見ていない。記憶が曖昧になったわけじゃない。しっかりと鮮明に覚えてる。
ラオンの表情、
伝説の星を探した、二人っきりの冒険。それは、ほんの数日間の逃避行。
そう、ほんの数日間の……。
俺はきっと、あの時あいつに恋をした。
初恋。その気持ちは、四年経った今でも変わらない。むしろ成長した分、その感情も濃くなっていく。思春期手前のほんの子供の仄かな恋心から、多感な恋心へ。
最後に会ったのは二年前。ラオンが13歳、俺は15歳の時。
今、俺はもうすぐ17歳。ラオンも、もう15歳か……。
離れているけど、同じように時間を重ねていく。
俺は、空を仰ぎ見た。
夢の出来事を思い出し、またほんの少し体が熱くなる。
俺……ソモル。16歳と10ヶ月。中途半端に、子供で大人混じり。
……なんだか急に、ラオンに会いたくなった。
to be continue
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