第24話 心の結び目

「君が今居るのと、同じ場所に居るよ」


 真っ直ぐに、その人は答えをくれた。

 意味が、判らない。


 白衣の人が、柔らかく微笑む。


「夢で君があのの記憶を見たのは、君があの娘の魂に触れたから。君たち二人が、心の結び目で繋がっているからだよ」


 ラオンの記憶……。


 やっぱりあの夢は、ラオンの記憶の断片だったのか。少しずつだけど、繋がってきた。やっぱりあれは、ミシャでラオンが眼にしたものの記憶。眩しい光の渦も、零れ落ちた光の粒も……。


 けど、心の結び目って? 俺とラオンが、同じ場所に居るって、どういう事だ?



「君はあの旅路の途中で、あの娘に仄かな恋心を抱いた。幾度となく君の心は、あの娘の心に触れたいと求めた。そしてあの星に二人で辿り着いた時に……あの星に二人で降り立った刹那に、君の魂とあの娘の魂はかたちのない空間で直に触れ合ったんだよ」


 象のない、空間で……。俺は朧気おぼろげな記憶を手繰たぐり寄せる。

 その瞬間を、俺は覚えていない。そんな出来事があったなら、俺は忘れる筈ないのに。


「覚えていなくて無理はないよ。ほとんど無意識の中のほんの僅かな現象だったからね」


 宇宙が誕生した瞬間に生じた程の、ほんの刹那の時間。

 俺の戸惑いを見透かして、その人が云う。


 心が直に触れ合い、結びつく。それはきっと、計り知れないくらい深い結びつき。

 俺の奥が、酷く熱くなった。

 ラオンと俺、繋がってるんだ……。それは、今もきっと……。



「此処は、象というものが意味を成さない処。空間は、限りなく0《ゼロ》に近い処。君が望めば、この瞬間にもあの娘と重なり合う事の許される処」



 重なり合う……。

 俺はその言葉にドキリとした。

 白衣の人が云ったのは、心の事だ。物理的な事じゃない。


 けど、それなら……。



「……俺は、今すぐラオンに会いたい! もの凄く強く望んでるのに、会えないのはどうしてですか!」


 俺は沸き上がるジレンマを、そのまま白衣の人にぶつけていた。


「それを、あの娘の方が望んでいないからだよ」


 包み込むように、優しい声。降り注ぐ光のような、内側に直に告げる、深い声。けど、その人が告げた言葉は、俺の心に大きな傷を刻んだ。


 ラオンが、望んでいない。ラオンが、俺を拒んでいる。

 そのまま一気に、足元の藍色の底の冷たい淵に落とされた気分だった。


 ラオンが、望んでない。……そっか、それじゃ、無理だよな……。いくら俺が望んだって、一方通行じゃ辿り着ける筈ねえもんな……。


 くそ……、何泣きたくなってんだよ。フラれて泣くなんて、最高にカッコ悪りぃじゃんか……。



「あの娘が君を求めていないのは、自分の失った心の欠片を、一人で探しに行こうとあの娘が決めたからだよ」


 白衣の人が告げた言葉に、心のおりが全て洗い流されたように、真っ白になった。 

 そして唐突に、ラオンの声が聞こえた。いや、声を思い出した。



《僕の心の欠片が、淋しいって僕を呼んでるんだ……。暗い、ひずみの向こうで。だから、迎えに行かなくちゃ……》


 そうだ。ラオンは俺に云ってた。心の欠片を、迎えに行くって……。


「何でラオンは、そんな処に一人で……」


 暗い歪みの向こうって何処だよ。めちゃくちゃヤバそうな処じゃんか!

 そんな処にたった一人で……。何で……。


 何で俺の事、頼ってくれねえんだよ! 俺、そんなに頼りねえのかよ! 

 ……悔しいじゃん! ラオンの事、守ってやれねえなんて……!


 守ってやるって……ミシャへの旅をした時に、決めたのに……。

 自分が酷く情けなくて、腹が立った。



「あの娘の心の欠片は、ミシャの砂を滑り落ち、宇宙の深い深い歪みへと嵌まってしまった。それが今、この宇宙……空間に微量のズレを生じさせているんだよ」


 空間に、微量のズレ。

 俺にはそれがどういう事なのか、判らない。



「微量のズレ、その程度のものならば、宇宙は均一を保てる。けれどその微量のズレは、あの娘が自分の失った欠片の存在に気づくのに充分なものだった」



《その欠片の持ち主は、僕なんですね……?》


 ラオンの声が聞こえた気がした。空耳……?


 真っ直ぐに俺を見詰める、ラオンの眼差しを思い出す。ミシャへの旅の途中、幾度となく見てきた、ラオンの揺るがない強い眼差し。誰よりも深く澄んだ、躊躇いを宿さない綺麗なふたつの眼。



「あの娘もほんの少し前、今の君と同じように此処へやって来たんだよ」


「ラオンが、此処へ」


 少し前、ってどのくらい?



「そして、一人で旅立つ事を決めて、此処を去っていった」


 俺の心臓が、酷く不安定に波打った。まるで重いヘドロが折り重なるようにまとわりついて、その動きを邪魔してるみたいに。

 どうしてそんな大変な事、一人で決めちまうんだよ、……ラオン。



「あの娘は、この宇宙から消えてしまうのは、自分一人で充分だと思ったからだよ」



 ……消える? 消えるって……?




       to be continue


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る