第18話 見えない星
食べながら、シーンと静まり返った状況に気づく。
会話が、ない。今まで、食べるのに夢中で気にしなかったけど。
しまった、何話せばいいんだ……? ……判んねえ……。
何か、急に気まずくなった。
「……ねえ、ソモル君って、配達のない日は何してるの?」
先に沈黙を破ったのはメイヌーンだった。良かった。何か、助かった気分。
「別に……たいした事はしてねえけど」
休みの日、休みの日……。ターサとか他の奴らとつるんで出かけたり買い物に付き合わされたりとか、そんなもんだよな。ターサの奴、やたらと洒落っ気ばっか出てきやがったから、服屋だとかそんなのの付き添いが多くなった。
考え込んで、また無言になってる事に気づく。ヤバい、何か気の利いた事話さないと、また会話がなくなる。
「ファインの街とか、最近仲間に付き合わされて行ったりとか多いかな」
そんなもんか……。たまに運び屋の兄ちゃんとかに
「ファインって、雑誌に載るようなお洒落なお店多いよね。ソモル君、結構詳しいの?」
メイヌーンの眼が、興味を覚えたように光る。
「いや、俺はただ連れ回されてるだけだから、全然詳しくねえけどさ」
お洒落な店か……。そういや前、ターサと一緒に気取った飯屋に入ったよな。周りはカップルだらけだったけど。
「いいなあ。私この前雑誌で見て、行ってみたいなあって思うカフェがあるんだ」
メイヌーンがはしゃぎながら言葉を続ける。
カフェ……コーヒーとかそんなの出すとこだよな。そこら中、そんな店ばっかだったような。ってか、ほとんど服屋とカフェしか見当たらなかった。そんな印象しか残ってねえ。
「……今度、ソモル君案内して」
唐突に、メイヌーンがそんな事を云い出した。
え~!
「案内って……、俺全然判んねえよ?」
本当にターサの行きたいとこ引っ張り回されてただけだし、人が多過ぎて早く帰りてえとか、そんな事ばっか考えてたし。ってか、案内ならターサの方が俺の何倍も詳しい。
「いいの、構わないから」
メイヌーンがニコニコしながら云う。
構わないって……。とんでもねえ事頼まれちまったなぁ、参った。どうすっかなあ……。
ターサにだいたいの店の場所訊いてみるかな……。……いや、やめとこ。理由訊かれたりしたら面倒くさい。メイヌーンと出かけるとかバレたら絶対噂が盛って広がる。噂修正するのに半年はかかるぞ! ……仕方ねえ、何となく調べてみよう。
俺は結局、メイヌーンの家でシチューを三皿もお代わりをした。
ファインの話とか、互いの日常の話とか他愛もない事を喋りながらすっかり腹も満たされ、気がつけば時計は夜の8時を回っていた。
ずいぶん長居しちまった。もうそろそろ、おじさんたち帰って来る頃だろうな。何となく鉢合わせると気まずいような気がして、俺はいい加減帰る事にした。
メイヌーンは、俺を玄関先まで見送ってくれた。
「ありがとな、すげえ旨かった。今度何かお返ししねぇとな」
「ううん、いいの。その代わり、ファインに一緒に行くの、約束よ! 絶対ね!」
メイヌーンが、ほんの少し上目遣いでそう云った。
こんだけ期待されちまったら、腹をくくるしかない。
「判ったよ、何か気の利いたとこ探しとく。けど、あんまり期待すんなよ」
俺は、メイヌーンに手を振る。メイヌーンも、手を振っていた。
そのまま、扉の方に背を向けて歩き出す。
すっかり夜も更けた空には、幾つか星が瞬いていた。街灯が明る過ぎて、目立つ星しか見つけられない。
俺はなんとなく、後ろを振り返ってみた。メイヌーンはまだ扉の前に立ったまま、俺を見送ってくれていた。
もう一度、メイヌーンが小さく手を振る。俺も、手を振り返す。
俺は前を向き直り、また空を見上げた。やっぱり数える程しか星を見つけられなかった。
街は、明る過ぎるんだ。だから、大切なものを見落としてしまう。大切なモノばかり。
俺は、もう振り返らなかった。
街灯に照らされた俺の影が、長く伸びて道の真ん中に落ちていた。
あまりに長過ぎる影は、俺とは別の生き物みたいになってしつこく俺の行く先に伸びてくる。
やっぱり、一人になるとまた考えちまう。
俺は一体、何を忘れてしまったんだろう。
誰を、思い出そうとしてるんだろう。
その答えは、結局見つけらなかった。
to be continue
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