第13話 恋愛感情

 ……云っちまった。とうとう、云っちまった、俺。


 言葉を全て吐き出した後は、一気に体の力が抜けていた。

 脈拍だけが、まだ速い。どっと、汗が吹き出した。

 ラオンの顔から視線を落として、思わず俯く。


 はっとして俺は、ラオンの手をまだ握ったままだった事に気づいた。


 いいや。

 もう、今更離すもんか。

 俺は、言葉に乗せ切れなかった気持ちを伝えるように、握った手に力を込めた。




「僕も、ソモルの事好きだよ」



 ラオンの口から紡ぎ出された言葉に、俺は弾かれたように顔を上げた。


 ほ……本当か……!


 俺の眼に映り込んだラオンの顔は、驚く程落ち着いていた。

 戸惑う事なく、真っ直ぐに俺を見詰める大きな瞳。



 違う。

 これは、恋心を語ってる眼じゃない。当たり前の気持ちを言葉にしてるだけの表情だ。


 ラオンが、にっこりと微笑む。

 また、俺だけ置いてきぼりか……。互いの心が、完全に交差してる。


 ラオンの『好き』は、俺の『好き』とは感情の意味が違う。何の躊躇ためらいもなく、さらりと口にできる。そういう感情の『好き』だ。



「……ラオン、違うよ。そういう意味じゃ、ないよ」


 ラオンが大きな眼をきょとんとさせた。


 ラオンの『好き』は、俺を友達としての『好き』だ。多分オリンクが同じ事を云ったとしても、ラオンは同じ言葉を返してきただろう。きっと。



「俺が云ったのは、そういう意味じゃない」


「じゃあ、どういう意味?」


 ラオンに真顔で訊ねられ、俺は一瞬言葉を呑んだ。


 何だよ、どう云えばいいんだ。っつーか、何で判んねえんだよ、ラオン。

 こいつ、こんなに鈍かったっけ?

 これだけ云えば、だいたい察するだろ。いくら姫様で温室育ちだからって、それくらいの事、判るよな? うといにも程があるぜ、ラオン……。



「……あ~っ、だから、俺が云ってんのは、友達としてとかじゃなくてさあ……だから……」


 思わず口ごもった。何でこんな説明してんだ、俺は。だんだん恥ずかしくなってきたぞ。



「……恋愛感情の、好きだよ……」


 体中が熱かった。まさかここまで云わされるとは、思ってもなかった。

 いくら何でも、これで判っただろ、ラオン。チキショー……。

 今度こそ、ラオンの顔がまともに見れなかった。




「ソモル」


 少しの間ののち、ラオンが静かに俺の名を呼んだ。

 たった数秒の間。俺には何分も後みたいに感じられた。




「恋愛感情って、何?」



 ラオンの口から洩れた言葉を、俺は一瞬理解できなかった。


 ラオン、今、なんて云った?


 俺は、ラオンに手酷くフラれたのかと思った。俺の突然の告白に困って、巧く惚けて交わそうとしてるのかと、そう思った。


 けど、違った。


 ラオンの表情に、そんなしたたかなものは一切なかった。ただ純粋に俺を見詰める眼には、そんなもの存在しなかった。


 本当にラオンは、判っていなかった。

 俺の気持ち、感情のほんの砂粒程も伝わっていなかった。


 ラオンは、恋とか愛という感情を、一切理解していない。


 そういった感情を、まだ抱いた事がないから……?

 いや、違う。もっと複雑で、根が深い感じがした。


 ラオンはただ、俺からの回答を待つようにじっと見詰めている。


 そんなの、答えられるかよっ!

 理屈じゃねえだろ、恋愛ってのはっ!

 お前は……。何で判ってくれねえんだよ、ラオン……!


 酷く行き場のない心地のまま、俺は苦々しく唇を噛み締めた。


 瞬間、世界は再び反転した。




         to be continue




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