第30話 青い約束

 俺は、恐る恐るラオンを見た。

 眼に映せば、淡い夢のように覚めてしまう。まだ、そんな気がしていたから。



 ラオンは、そこに居た。



 俺の隣に寄り添って。綺麗なワインレッドの髪が、俺の肩に触れる程近くに。

 翡翠ひすいの大きな眼で、真っ直ぐに俺を見詰めていた。


 その眼を、俺も見詰め返す。1㎜も彷徨さまよう事なく、真っ直ぐに。


 一瞬だけ吹き抜けた緩い風が、降りしきる青い光の粒を羽根のように舞い上がらせる。


 俺は握ったラオンの手をそっと引いた。


 風に衝動を押されるように、ラオンの体を抱き寄せる。ガラスの星の地表に、二人の影が重なった。



 俺は包み込むように優しく、ラオンの体を抱き締めた。互いの温もりが、柔らかく折り重なる。

 ここに居るラオンを、俺は全身で確かめていた。


 小さな体、心地好い髪の手触り。その全てを。



 キラキラと音を散らして、地表にほどける光の粒。

 ラオンの微かな呼吸音が聞こえる。



 頭の芯が熱を帯びていく。眩暈がしそうに、脈拍が速くなる。

 心が均一を乱してしまいそうに。


 交差する感情。欠落した感情。


 ここに居るラオンは、恋という感情を持っていない。

 それを取り戻さない限り、俺に恋心を抱いてくれる事はない。俺がどんなにラオンをいとしく想っても、その心が届く事もない。


 けれど俺は、ラオンに触れたいと思った。

 ラオンが好きだから。誰よりも、大切な人。


 ラオンを感じる。抱き締め触れた皮膚から、毛細血管の端までラオンの体温で満たされていく。


 僅かに離れて、ラオンの顔を覗き込む。途端に、ラオンと視線がぶつかる。

 幾度見ても、綺麗な眼。



 果てがない程に、俺はラオンに恋をする。



 仄淡い光の粒が舞う。 

 見詰め合い、ふわり微笑み合う。


 嘘のように、傍に居た。


 頬が触れ合う程、近づく。ここに居る事を確かめるように。


 ラオンの翡翠の瞳の深い場所に、俺の影が映り込む。

 まるで、一秒が無限になる。


 俺の恋心は届かない。


 繋がり合った心の結び目をどれだけ手繰たぐり寄せても。こんなに傍に居ても、一方通行なんだ。




「……今のお前には、判んねえよな、この気持ち。けど、喩えお前が一生俺の気持ちを判らなかったとしても、傍に居たいんだよ、ラオン……」



 ラオンは澄んだ瞳で、じっと俺を見詰めていた。


 青い光の粒が、俺とラオンの間を遮るように降りてくる。



 ラオンは微笑んだ。


 そしてゆっくりと小さく、だけど、確かに頷いた。



 約束。



 青い光の粒が、緩い螺旋を描きながら舞い降りる。


 ラオンの片方の眼から、涙の粒。

 キラリ、一雫頬を零れ落ちる。


 俺は、ゆっくり顔を近づけた。




 触れ合う刹那。



 ガラスの星の表面から降り積もった青い光が溢れ出し、俺とラオン……そして、世界の全てを呑み込んだ。





            to be continue


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