第29話 ガラスの星

 眼を開くと、そこは何もない処だった。

 空気と、見渡す限りの青い地平線。ただ、それだけ。


 空気の中に何かが舞う。


 キラキラと、仄かに光る青い粒のようなもの。喩えるなら、水の粒がそのまま結晶になって、光を孕んでいるような。はしゃぐように不安定な具合でふわりふわり宙を游ぎながら、すーっと地表に落ちていく。


 俺は光る粒を追いながら、足元に眼を落とす。

 地面はよく見るとガラスでできていた。その無数の粒の光が映り込み、青い炎のような輝きを纏う。粒は地表に辿り着いた瞬間、管楽器のような音を立てながらポッと燃えるように光り、溶けるように吸い込まれていく。


 俺は頭上を見上げた。幾つもの青い光の粒が、眩暈を覚える程に降り注いでくる。ふわふわと宙で遊びながら降りていき、ガラスの地表に触れれば音を立てて溶けていく。


 終わりがない程にそれが繰り返される。ただ、それだけの世界。

 俺はぼんやりと、そんな世界に佇んでいた。



 隣に、柔らかな日溜まりのように誰かが寄り添う。

 はっとした。



 ……ラオン。



 俺は、すぐに判った。けど何故か、その姿を見ちゃいけない気がした。見てしまえば、ラオンはまた何処かへ逃げてしまう。そんな予感が疼いて、俺はラオンの姿を確かめる事ができずにいた。


 だけど、確かめなくたって判る。そこに居るのはラオンだ。

 間違うわけがない。


 俺はその姿を確かめる代わりに、そこにある小さな手を握った。俺の手の中に収まったその手は柔らかく、湿ったように冷たかった。


 ラオンの、手。じんわり、胸が熱くなる。

 抑えきれない感情が、心臓から喉元を締め付けてくる。


 トクン、トクン、と淡いときめき。


 ラオン、お前が嫌がったって、この手はもう絶対離さねえ。

 想いを込めて、小さな手をぎゅっと握り締める。


 何か云いたい。けど、何を云えばいいのか判らない。

 訊きたい事だって胸の中に溢れ返ってるのに、何も言葉が出てこない。


 黙ったまま並んで立ち尽くす俺とラオンの上に、光の粒が降り注ぐ。

 残酷なくらい、綺麗な光景。


 この景色を見詰めながら、ラオンは何を想ってるんだろう。

 俺は、言葉にならない気持ちを呑み込む。


 ずっとこのままでいい。何だか、そう思えた。

 言葉も交わさず、ラオンと手のひらだけで繋がったまま、ただじっとこの光景を眺めているだけで、俺今、嘘みたいに幸せだから。


 ラオンが隣に居る。ただ、それだけで。


 それが全てなんだ。



 ラオンの手を、ぐっと強く握る。絶対にすり抜けてしまわないように。


 俺とラオンと、青い光の粒。

 それ以外、何もない世界。ただ、二人だけの世界。


 此処に居る限り、誰にも邪魔されない。俺の願望が、そのまま形になったような世界。

 ラオンを俺だけのものにしたい。他の誰の眼にも触れない処で、俺だけのラオンでいてほしい。


 苦しい程に、恋してた。触れた指と指から、交わし合う体温。



 やっと、二人きりになれた。俺だけのラオン。

 涙が零れそうになった。


 歯止めの利かない感情が、俺の内側を埋め尽くし、溢れ出していく。




「……俺、ずっとラオンの傍に居る。だから……離れないでくれ……」




 誓うように、懇願するように、俺は囁いた。


 ラオンの手が、くっと俺の指を引くように優しく握り返した。




          to be continue


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