第14話 あの娘
瞼を開くと、朝だった。
酷く憂鬱な夢を見たような、怠さ。
内容は……覚えていない。……思い出せない。
頭が、重い。……起きたくねえ……。
けど、寝てらんねえ……。
俺は今日が休みでない事を恨みながら、しぶしぶ寝床から起き上がった。窓の隙間から射し込んだ朝陽が、容赦なくまだ目覚めきれない視界を照らしつける。
……気怠い。
何だかとても目覚めが悪い。余程嫌な夢だったんだな。覚えてなくて良かったのかもしれない。
俺はぐったりした気分で寝床から這い出ると、狭い小屋の扉を開けた。
馬鹿みたいな、快晴だった。
暗い気分を逆撫でするような、嫌味なくらい明るい空。
夢見の悪い朝。
こんなにも心を憂鬱にさせる夢を見たにもかかわらず、やっぱりその内容は全く思い出せない。
チキショー……、気分悪りぃなあ……。
何だか酷く落ち着かない。胸の辺りがモヤモヤする。
大切な何かを無くしてしまったような、ぽっかりと穴が開いた気分。
何だよ、たかが夢くらいで……。
心の内側に余計なものが潜んだまま、思い出すのを邪魔してる。正体の判らない余分なものが、俺を中から圧迫してるみたいに。喉に尖ったものが引っ掛かったように気持ち悪い。
くそっ! 朝から無駄に苛つくなあ。
うだうだしてても仕方ねえし、俺はさっさと仕事に向かう事にした。
∞
「おいこらソモル! 荷物放るな! 大事に扱え!」
降ろした荷物をつい荒っぽく置いてしまい、運び屋のおっさんに怒鳴られた。夢の内容を思い出せない不快な気分が、無意識に動作に出てしまった。
今日は朝から何もかもが上手く回らない。こんなだから、やる気も失せる。
「何か荒れてない? ソモル兄ちゃん」
ピリピリとした俺に、ターサが横槍を入れてくる。
「嫌な事でもあったの? 朝からお金落としたとか」
何だよ、俺が不機嫌になる事っていったら金がらみしか思いつかねえのかよ、こいつは。
俺は、ターサを軽く横目で睨む。
「っんなんじゃねえよっ!」
更に気分を害した俺に、ターサがほんの少し後ろに引いた。
「たいした事じゃねえんだけどさ、昨夜見た夢の内容が思い出せなくてさ……何かモヤモヤすんだよ」
「夢ぇ?」
ターサが意外そうな声を上げる。
「あんま良い夢じゃなかったのは何となく覚えてんだけどさ、いくら考えても内容が思い出せねえんだ」
「え~! 何でそんなに気にしてんだよ夢なんかさあ、兄ちゃんらしくもない」
「……だよな」
本当、全然俺らしくもない。
早く忘れちまえばいいのに、どうにも気にかかって頭の中をちらつき回る。こんなつまらない事気にしてたら、仕舞いにはドジやっちまいそうだ。
「そんなちっさい事考えてるよりさあ、見てよこれ」
そう云ってターサが俺の前に差し出したのは、俺も何となく顔は知ってる今売れっ子アイドルの写真集だった。
「仕事来る前に朝一で手に入れちゃった!」
どうやら発売日初日に、速攻で入手したらしい。全く、こいつは……。
「ったく、ミーハーだなターサは」
もう呆れるしかない。
「だってさあ、初の水着ショットとかもあんだぜ!」
ターサが写真集をペラペラしながら、おおっと声を上げる。
「昼休みに兄ちゃんにも見せてあげるから、気分直して!」
写真集の中身に眼を釘付けたまま、ターサが云う。
「要らねー! 興味ねえし」
アイドルだか何だか知らねえけど、不特定多数に媚び売るような女とか、全く惹かれない。大騒ぎする連中が本当滑稽に見える。
「お前さあ、気が多過ぎなんだよ。この前だって別の何とかってのに熱上げてたじゃんか」
ターサは俺の言葉なんて気にせず写真集に夢中だ。おい、仕事中だろ!
「それにお前さあ、ずっと好きだファンだ云ってる
ターサが写真集から目線を上げる。
「えっ? 誰?」
きょとんとしたターサの眼。
「ほら、俺とかゴローとか他の奴らも良く知ってる、あの娘だよ……」
俺は自分の発した言葉に、違和感を覚えた。
良く知ってる、あの娘……。誰の事だっけ? ぼんやりと考え込む。
「えっ、知ってる娘って誰?」
ターサが続けて訊ねてくる。
「ほら、え~と……」
云いながら、どんどん曖昧になっていく。思い出そうとすればする程、記憶が遠ざかっていくような。
まるで、昨夜の夢のように……。
くそっ! 思い出せない!
「何勿体ぶってんだよ、誰? 誰?」
ターサが急かす。俺は、余計に苛ついた。
勿体ぶってなんかねえよ! 何だよ、チキショー!
確かにさっき、一瞬俺の頭の中に現れたんだ。ターサが夢中の筈の、あの娘。確か俺がきっかけで、ターサはあの娘と出会った。それからずっと、ターサはあの娘にご執心だった。
ターサだけじゃない。ゴローも、アルムも、ユンカスも。
「お前ら四人でファンクラブとか作ってただろ!」
「え~、ファンクラブ? 四人で? 嘘だ~!」
全く思い当たらないというターサの顔。
いや、こいつら四人だけじゃない。一番その娘の事が好きで、熱を上げてたのは……。
「うあああああああ~っ! チキショー!」
そこに居合わせた全員が、手を止め振り返った。
拭い切れないモヤモヤとした苛立ちに、俺は思わず大声で叫んでいた。
to be continue
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