第10話 恋の記憶

 意識だけがふんわり存在していた。

 体の感覚はない。


 また、別の夢……?


 ラオンを見失って、それから……。たったほんの少し前の出来事なのに、記憶が曖昧だ。

 俺確か、ラオンの声を追いかけて……。


 ぼやっとした感覚。

 眼を開いてるのか、閉じてるのか。手のひら、指先の感覚もない。

 俺という肉体の概念を取り払われ、意識だけ丸裸で放り出された、そんな風な。


 ここにあるのは、俺の意識と、ラオンへの恋心。ただ、それだけ。

 春のような空気に抱かれて、俺の意識は漂っていた。


 酷く曖昧で、覚束おぼつかない感覚。けれど、嫌じゃない。むしろ、心地良い。

 俺はふわふわ春の心地で、ラオンの事だけを考えていた。


 まだ13歳だったあの日、俺は11歳のラオンに出会った。

 俺は多分、出会ったその日にラオンに恋心を覚え始めていた。そんな自覚、その時の俺には全くなかったけど。


 無意識の中に、俺の初めての恋は始まっていた。

 正面から真っ直ぐにラオンに見詰められると、何故だかドキドキした。

 ラオンの小さな腕を掴んで走ってる時も、ずっと心が落ち着かなかった。


 生まれて初めての恋心を、俺は無自覚の中にもて余していた。

 13歳の俺は、その胸の高鳴りの原因が全く判らずにいた。


 ラオンが気になる。突然わけもなく、ラオンに触れてみたくなったり。

 自分の内側に生じるおかしな衝動に、常に振り回され続けた。



 ラオンと別々の帰路に着いてから、ようやく自分の気持ちに気づいた。


 ああ、これが、恋ってやつか……。


 気づいて、一人で恥ずかしくなった。自分が女の子に恋をするなんて、考えた事もなかったから。

 おかしな気分。ずっと浮かれて、ふわふわして。


 何かにつけて、不意にラオンを想う。

 会いたくて、堪らなくなる。

 触れた手の感触を思い出して、そわそわしたりだとか。



 もう一度会えたのは、俺が15歳、ラオンが13歳の時。

 女の子らしく更に可愛いく成長したラオンに、俺は終始ドキドキしてた。


 二人っきりで過ごした夜、欲望に負けそうになったりとか。ラオンの寝顔見て、キスしたい誘惑に駆られた。ヤバかった。必死にブレーキ踏み込んで、気を逸らして堪えた。


 こんな俺で、ゴメン! ……俺、男だからさ……。それは、自分に甘すぎる言い訳か。


 けど、好きだから。

 ラオンの事が好きだから、自分で自分が止められない。

 ラオンの事を考えて、頭の中ぐるぐるラオンで洪水になる。


 これって、恋患いとかいうやつか? 信じらんねえなあ、この俺がなあ……。


 二度目に会えた時も、云いたくて、でも云えなかった。

 お前の事、苦しいくらいにずっと好きだって……。


 云ったって、何も変わりゃしない事だって、判ってる。

 俺みたいに親無しで悪さばっかしてきた奴が、ジュピターの姫君に恋い焦がれたって、どうにもならない事くらい判ってるんだ。例え一時想いが通じ合ったとしても、じきに別れがやってくる。


 頭で判ってても、駄目なんだ!

 ラオンが他の奴に取られる。俺の知らないどっかの貴族野郎と結婚させられるとか、そんな事考えただけで、嫉妬でどうにかなっちまいそうなんだ!


 また犯罪者にされてもいいから、今度こそラオンを拐って、どっか遠くに逃げちまいたい。

 ラオンさえ頷いてくれたなら、俺は何処までだってラオンを連れて逃げてみせる。

 絶対に泣かせないし、ラオンの嫌がる事はしない。


 ラオンは、俺が絶対守るんだ。

 一生、ラオンの事を大切にする。……って、これプロポーズだな。


 ……けど、俺、そのつもりだ……。


 ……ラオンを、……嫁さんに、したい……。


 こんな事思ったの、本当、初めてなんだぜ、俺……。


 ラオンがもし、俺と同じ街のだったら、こんなに悩まなくて済んだのかな。


 けど結局、俺、云えないかもな。好きって。

 こんなに強く好きだって想ってるのにさ。どうして、云えねえのかな……。


 きっと俺は臆病なんだ。

 ラオンの俺に対する『友達』って言葉に、ビビってなんにも云えねえんだ。

 フラれてラオンを失うのが怖いんだ、何よりもさ。

 ラオンは俺のもんだとか、意気がってるくせに。



 ……ラオン。


 好きだよ、ラオン……。好きなんだよ……。




 どうすればいい? 俺さあ……。


 なあ、ラオン……。


 ラオン……。



      to be continue


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