第23話 君が失ったモノ、俺の罪

 ……判んねえよ、今更そんな事云われても……。


 あの頃の気持ちなんて。


 ただ俺は、ラオンの望みを叶えてやりたい。そう思っただけだし。何がなんでも、ジュピターの使者にラオンを渡さねえ。そう思った。

 ラオンを絶対に守るんだ、ミシャに連れてってやるんだって……。


 ……って、これって恋だったのか? ……そうかも知れない。


 教えられて初めて、今気づいた。


 俺の初恋は、あの頃から始まっていた。

 ラオンと旅した、あの三日間から。

 知らぬ間に、俺はラオンにすっかり心を奪われていた。


 そうだったのか……。何だか、切なくなった。


 ラオンに会いたい。

 いとしい想いが、加速してぐるぐる渦巻いていく。



「遊星ミシャ……。あの、ラオンはあの星に、愛するという感情を落としてきてしまったんだよ」


 白衣の人の言葉が、俺の中心に真っ直ぐに突き刺さった。


 感情を、落とした? ミシャに? どうして……?

 愛するという感情を、失った心……。


 俺は数日前に見た、ラオンの夢を思い出していた。

 ラオンの記憶を辿るような、あの夢。


 ミシャでの出来事。


 光の渦。砂の上に転がるクピト。

 それを掬い上げる、ラオンの手のひら。

 その手のひらからキラキラと零れ落ちていく、淡い光の粒。幾つも零れ落ちては、ミシャの砂の中へと吸い込まれるように溶けた。



「そうだよ。あれが、あの娘の愛を司る感情。クピトを手に入れる代償として、あの星にあの娘が置き去りにしてしまったもの」



 クピトを手に入れる為の、代償……? 何、だって……?



「クピトを手に入れる為の代償。それは、クピトを手に入れた者の愛するという感情」


 白衣の人の言葉が、再び俺の中心を突き刺す。


 ……落ち着け! 俺、完全に混乱してる。

 ……つまり、どういう事だ……。


 ラオンは望み通り、愛の結晶クピトを手に入れた。その代わりに、愛するという感情をミシャに置き去りにしてきた。


 ラオン本人が、全く知らぬ間に……。


 遊星ミシャ。

 あの星へは、愛を知らなければ辿り着けない。

 一度でも、誰かを好きになった事がなければ、行き着く事はできない。


 俺もラオンも、そんな事は知らなかった。俺はただ、ラオンの望みを叶えてやりたかった。

 二人で旅をする間に、俺はラオンを好きになってた。


 だから、ミシャに辿り着く事ができた。

 ミシャは、俺たち二人を受け入れた。


 けどクピトを手にするには、それと同じだけの代価が必要だった。

 あいつは何も知らずに、クピトを手に入れてしまった。


 そして、あいつをミシャへと導いてしまったのは、この俺自身。



《愛を司るクピトだよ。僕が手に入れたんだ》


 ラオンはあの日、ミシャで微笑みながら、俺に云った。手のひらの内側で煌めくクピトを、俺に差し出しながら。

 無邪気に。

 自分がたった今失ってしまったものの大きさも、全く知らずに。


 ただ、綺麗な瞳を俺に向けて、云ったんだ……。



 ……ラオン。



 あいつは、愛する心を失った。

 それは、あいつをあの場所へ連れていってしまった、俺の罪……。



「きっとあの娘一人では、あの星へ辿り着く事はできなかっただろう。君たちは、あの星へ二人で辿り着いた。それは、とても意味のある事なんだよ」



 罪悪感と後悔で混濁した俺の心を諭すように、穏やかな声で白衣のその人は云った。その声に、何だかほんの少しだけ救われた気がした。


 神様が存在するならば、きっとこんな感じなんだろうな。

 ぼんやりと、俺は思った。


 俺は、その人の終わりのない程に深いふたつの眼を見据え、訊ねた。



「ラオンは、今何処に居るんですか」




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