第22話 君に出会い、恋を知る

《恋愛感情って何?》


 ラオンが、俺に訊ねてきた言葉。……まさか。



「君の愛するラオンの心には今、恋愛感情というものは存在しない。あの娘の心からは、愛するという感情のみがすっぽりと抜け落ちてしまっているんだよ」


 愛するという感情が抜け落ちている。つまり、愛する事ができない……?

 どういう事だ? 生まれつき、そうなのか? 確かにあいつは、ちょっと変わったところがある。けど……。


 だとしたら、俺の想いがあいつに辿り着けるわけがないじゃんか……。

 気持ちがぐらり崩れ落ち、砕けてしまいそうだった。


 片想いのスパイラル……最悪だ……。



「生まれつき愛する感情がなかったわけじゃない。あの娘だって、君と出会った時にはまだ愛するという感情を持っていたさ。ただ、まだその感情を知らず、眠ったままだったけどね」


 俺と、出会った時? 

 あの日、俺とラオンは酒場ファザリオンで出会った。カウンター席に座っていたラオンに、俺は横からさりげなく話しかけた。


 振り向いたラオン。大きく綺麗な眼が、俺を映していた。

 可愛いなあ、と思った。

 最初にはっきりと間近で見た時の印象。内緒だけど……。


 けどまだあの時は、好きとか何とか、そんな気持ちは更々なかった。ただ、こいつに近付けば金儲けができるんじゃないか、そう思っただけ。なのに、何だかんだの間にラオンを拐った罪で指名手配されて、その成り行きで自棄やけになってラオンと一緒に幻の星ミシャを探す旅に出ていた。


 13歳と11歳の逃避行。恋愛感情なんて、これっぽっちもなかった。


 一瞬、白衣のその人が思わせ振りに微笑んだ。


 出会った時にはまだあった、ラオンの愛するという感情。

 じゃあ一体、いつ無くしたんだよ。この四年間の中で、いつ?



「君は出会って間もなく、あの娘に心を奪われ、恋をし始めていたんだよ。全く、気づいていなかっただろうけどね」



 ……え? 出会って間もなく、俺がラオンを……。


 思い返してみても、そんな自覚は全くない。ラオンを連れて逃げ回るのに必死だったし、俺がラオンを好きだとはっきり自覚したのは、互いの戻るべき場所に帰った、その後。


 自分の中の、ほんのりと淡い気持ちに気がついた。

 ずっともやもやして、それが恋だとようやく気づいた。


 俺の初恋。それからずっと、ラオンだけを想ってる。ラオンだけを……。



「君のその淡い恋心が、あの娘をミシャへと導いたんだよ」



 ……何だって? どういう意味なのか判らない。

 俺は考えあぐねて、ただ茫然と白衣のその人を見詰めた。


「遊星ミシャにある愛を司るクピトを、あの娘は手に入れたいと望んだ。愛という感情を知る者でなければ、あの星へは辿り着いけない。それを、あの娘は知らなかった」



 愛という感情を知る。それはつまり、誰かを好きになる事……か……。

 誰かに好きという感情を抱いた事がなければ、ミシャへは辿り着けない。

 そんな事、初めて知った。


 俺はあの時、まだ恋というものを知らなかった。ラオンだって、多分。

 つまり、俺たちがミシャに辿り着ける筈がなかった。


 それなのに俺たちは、あの星へ辿り着いてしまった。それは、つまり……。



「君はまだ幼過ぎて、あの娘への想いが恋だと気づけなかった」



 白衣の人が、底知れぬ光を宿した眼で俺を見据えた。




       to be continue


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る