第12話 告白

 そしてまた、唐突に別の場所に居た。

 木のコンテナや、トラックの荷台に積まれたままの荷物の山。

 ここは、俺の仕事場。


 化け物の館を逃亡してから、俺たちはいろんな街を渡り歩いた。生きる為に、悪い事もたくさんした。仲間のチビを守る為に、ケンカもした。体の至るところ、生傷が絶えなかった。


 小さな体で、いろんなものから逃げてきた。

 必死に逃げて、逃げて逃げて、ようやく辿り着いた、俺の居場所。


 誰かが、俺の肩に手を置いた。分厚くて、そして暖かい手。


 振り向くと、俺の頭上にニコニコとした親方の顔が見えた。出会ったばかりの頃の、今よりちょっと若い、親方の顔。蓄えた髭も黒々と濃く、まだ白いものも見当たらない。


「どうした新人坊主! もうへこたれたか?」


 親方は云って、豪快にガハハと笑う。この笑い方は全然変わらない。

 このファインの街に来て、俺はすぐにここの集積所に頼み込んで働かせてもらえる事になった。たいした働き手にもならない12歳のガキの俺を、親方は嫌な顔ひとつせず雇い入れてくれた。


「甘ったれるな! 仕事ってのはきついもんだぞ!」


 雷鳴みたいな声。全然優しくなんかない声。けど、この声を聞くと心がぽかぽかしてくる。

 親方はまたガハハと笑いながら、俺の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。首にまで圧が来るような、親方独特の撫で方。最近は俺が大人になったせいか、この撫で方をしてくれない。だから何だか懐かしくて、そして嬉しかった。



「おいら、オリンクってんだ。よろしくな!」


 親方の握力にくらくらしながら眼を開けると、オリンクが満面の笑みを浮かべて立っていた。

 まだ15歳の、初めて出会った日のオリンク。俺がまだ14歳の頃の事。

 俺の仕事場にやって来た、初めての後輩。オリンクはニコニコしながら、手を差し伸べてきた。

 俺よりも太くて筋肉質の、ほんの少し陽に焼けた腕。その先に広げられた手のひらも、俺の手をまるごと包み込む程にしっかりしていた。


 ああ、そうだ。


 俺はこの街で、親方の大きくて暖かい手にようやく本当に救われた気がした。そしてオリンクの手にも、いつも救われてる。

 たくさんの手があって、俺はようやくここに居る。


 オリンクの懐かしい手に、俺はあの日のようにもう一度真っ直ぐに手を差し出した。



 一瞬の瞬きの間に、オリンクの姿はもう消えていた。煙に巻かれる間すらない程の一瞬。

 あまりに唐突過ぎて、俺は呆気にとられてきょとんとした。


 握った手の感触が違う。俺より小さくて、柔らかい。

 綺麗な白い手。その先に続くのは、やっぱり綺麗な白く細い腕。


 俺がなぞった視線の先には……ラオンの顔があった。



 俺の心臓が、大きく跳ね上がる。

 握った手の先にあったのは、今現在の15歳のラオンの姿だった。


 ラオンは真っ直ぐに、いつもの様子で俺を見てる。俺が正面から手を握ってる事なんて、全く気にもしていないように。俺だけが、この状況にドギマギしていた。


 こんなに堂々とラオンの手を握ったの、初めてかもしれない。そう思うと、余計に動揺してくる。



「……あ……」


 俺は何かを云わなきゃと焦ったけど、うまく言葉が出てこない。

 ラオンが小首を傾げ、不思議そうに俺を見詰める。う~! やっぱ可愛いなあ……。


 そんな事感じちまったもんだから、どんどん自分の顔が赤くなっていくのが判った。ラオンと繋がった手のひらが、じんわり汗ばんでいく。


 緊張してんのが、ラオンにバレちまう。けど、この手は離したくなかった。


 そうだ。俺は、ラオンを探してたんだ。

 思い出した。


 忽然と目の前から消え去ったラオンを追いかけようとしたら、次々に何だか判らない事になっちまったんだ。


 それに……。


『これは、ボクの心なんだ』


 ラオンの云った言葉の意味。それを確かめたかったんだ。

 受け止め方によっては、告白にも聞こえるあの言葉。あれって、どういう意味だったんだ。

 ラオンの気持ちが知りたい。



「……ラオン」


 酷く掠れた声が、俺の喉から洩れた。


「ん?」


 ラオンが、また首を傾げる。


「ラオンが俺に云ったあれ、どういう意味なんだ」


 脈拍が速くなる。益々喉が渇いてくる。


「あれって何?」


 ラオンが問い返してくる。何だよ、話が進まねえ。

 俺は唾を呑み込んだ。渇いた喉が余計に張り付く。


 ラオンは、本当に判っていない眼をしていた。このまま訊ねても堂々廻りか……。

 ……はっきり、核心をついた方がいいのか。


 俺は落ち着かない心臓を静める為、鼻から大きく息を吸い込んだ。息を吐き出す勢いで言葉も一緒に吐き出す。



「……ラオンは……俺の事、どう思ってんだよ」


 自分の心臓の音が、鼓膜を震わすように響く。


「ソモルの事?」


 ラオンはきょとんとしていた。何でそんな事を俺が訊いてきたのか、全く理解していないように。何だよ、どんだけ鈍いんだよ。気づけよ、少しくらいさあ。

 もっとはっきり云わなきゃ駄目なのか? 逆上のぼせ過ぎて、頭がくらくらしてきた。



 ……………………。


 あぁ~~~~~!…………判ったよ、云ってやるよ! お前がはっきり判るようにさあ!



「……お、俺はなあ、ラオン……」



 自分の声、言葉が、自分のものじゃないように頭の中に反響する。

 ラオンが真っ直ぐ、俺を見てる。俺の次の言葉を、待ってる。


 俺は唾を呑み込もうとして失敗しながら、ようやく覚悟を決めた。






「……お前の事が、……好き、なんだよ……」






       to be continue


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