未沙、特攻(3)
大型エデンゲイター退治をほぼ一手に引き受けているETOだが、世間受けはそこまででもない。
その大半の理由は、『スーパーロボット』TRR-Mk2の格好悪さにあると、稀人は思っている。
マルスウェア数十体分ものファイルサイズを持つ超兵器が、3体合体して1体の人型機動兵器になる。まるでロボットアニメのヒーローが現実に現われたかのようだ――概念だけは。
実際のところは、幼児、いや乳児向けのブロックトイのような単純な構造とヒロイックさの欠片もないデザインが、全てを台無しにしてしまっている。
曲がりなりにも芸術分野を志す者として、またこの機体に命を預ける身としては、マークツーの不格好さは到底許容できるものではなかった。
だから、ETO参加の条件として稀人は自分にTRRをリデザインさせることを要求した。
辰刀達からすれば、機能が落ちなければ見た目などどうでもいい。それは承諾された。
(パイロットとしての勘を取り戻すのに時間を食われたけど、これでようやく取りかかれる……!)
「いったい、デザイナーは誰なんです?」
IT企業のオフィス然としたETOの『整備場』でTRRのCADデータを眺めながら、稀人は言った。
隣でマークツーのデータ破損修復作業をしながら、カバリオが答える。
「君のお父さんだよ」
「なるほど、合点がいきました」
稀人の中で、父・衛戸申造は、極めて合理的な人物だ。
合理的な朴念仁。
不格好な鋼の巨神を見て、人々がどんな気持ちを抱くか――そしてそれがかっこいいヒロイックなロボットであれば、それがどう変わるか――など、考えもしないのだろう。
「人類を救うと言ったって、父さんは生命活動さえ維持できればそれでいいと思ってるんだ。人の心なんて幻とでも思ってるんだ」
でなければ、長男をあんな奇怪なオブジェにしようとは思うまい。
「マレトは随分ミスター・シンゾウを悪く言うなあ」
「……みんなあいつに騙されているんだ」
「はいはい」
カバリオは苦笑いする。
いつぞやのように、稀人のことを反抗期の坊やだと思っているのは明白だった。
実際にそうである可能性を、稀人自身否定しきれない。
「さっきも言ったように、いきなりマークツーのデザイン変更を行って支障が出たら目も当てられない。君のためにマークツーを2台分用意する
「わかりました」
マークワンは、カーキ色の円柱を積み上げて作った人形に見えた。
全長およそ15メートル程の中肉中背、シンプルな人型で、翼やアンテナ、尖った装甲など余分な出っ張りは一切無い。
バケツをひっくり返したような頭部には、各種センサーが幾何学模様を描いていた。
70年代のアニメに出てくるロボットを稀人は連想する。
それも、悪い宇宙人が繰り出してくるやつを。
「じゃあ、頑張ってくれよアーティスト」
励まし半分、からかい半分の応援。
(見てろよ、芸術のわからない石頭どもの脳髄に感動の涙で穴を開けてやる)
リデザインは簡単に思えた。ラフ画というかアタリのようなマークワンの全身に、お好みの外装を取り付けてやればいい。
だが、簡単に思えたことが実は結構難しい、というのは現実には往々にしてあるものだ。
「マレト、これじゃ足が折れるよ」
「こんな馬鹿でかい
「腰が砕ける」
「こんな大きな武器、保持できると思うかい?」
「胸にそんな飾りをつけたら腕が前に回らない」
「肩装甲が横に伸びすぎだ。狭い通路を通れなくなる」
「背中にそんな馬鹿でかい羽根をつけたら自立できないよ」
「ファイルサイズが重すぎる」
基本はミドルレイヤ上で運用される兵器とはいえ、TRRはボトムレイヤ上で動かす場合もあった。
左右のバランスや強度はもちろん、パーツが干渉しないことも必要になってくる。ああ、重量も忘れてはいけない。
気をつけたつもりでも、少しダイナミックな動きをさせればたちまちパーツ同士が噛み合ってエラーを起こした。
流石に可動域と機動性を犠牲にするわけにはいかない。
稀人だって派手な棺桶を生み出したいわけではないのだ。
「マレト……。もっとシンプルなデザインの方がよくないかい?」
もう何十回目のリテイクだろう。天を仰ぐ稀人に、カバリオさんは困ったような笑みを浮かべた。
「そもそも人型兵器って時点でシンプルじゃないんですよ……」
「お父さんが嫌いだからって重装甲大型化に固執することはないんじゃないかな。別にパーツ構成はそのまま、ディテールだけアップすればそれで」
「あの男は肉まんとあんまんを見た目で区別できない奴なんですよ。そんなことしたら、『なんだ最初と違わないじゃないか』って勝ち誇るに決まってる」
「そ、そうかい」
「おにーさん」
扉が開いて、ヒースヒェンが顔を出した。
「ヒースに操縦、教えてください」
またか、と稀人は頭を抱える。
TRRのデザイン変更は自分で背負い込んだこととはいえ、パイロットに加えて子守は重労働過ぎやしないだろうかと稀人は思う。
「すまないが、今君に関わってる場合じゃない。ネネコにでも頼めよ」
「まあまあ、かまってやればいいじゃないか。ボクはしばらく留守にするし、2人で気分転換に出かけてきたら?」
カバリオはパソコンをログオフし、ショルダーバッグを担ぎ上げる。
「どこか、出かけるんですか?」
「ああ。これからミサと検診だよ」
そういうカバリオの表情には父になる男の喜びと誇らしさと気負いがあって、稀人はそれを眩しく思うと同時に、若干の鬱陶しさを感じた。
賭けに負け、稀人にも敗れた未沙は渋々中絶をあきらめたらしい。ここ数日は大人しく前線から離れている。
とはいえ納得したわけではないのだろう、上機嫌なカバリオとは対照的に不満そうだ。
生まれてくる子供に対して食い違う夫婦を見ていると、稀人は自分が勝ったのが正しかったのか間違っていたのかわからなくなる。
自分の身体のことだ、自分の好きにしたいし楽になりたいという姉の気持ちもわかるが、彼女の都合で翻弄される腹の中の命にとってそれは、あまりにも身勝手だと思う。
(……面倒臭い)
1人でいるときは、少なくともプライベートでは自分のことだけ考えていればよかった。
誰かと一緒にいると、嫌でも周囲にいる誰かのことで脳の容量を割かれてしまう。
割いたところでろくな解が得られるわけでもない、と無理矢理割り切って、稀人はタブレットに意識を集中することにした。
「いや、ヒースに操縦を教えてください!」
逃げることは許さないとばかりにヒースヒェンが服を引っ張る。
……ああ、やっぱり1人がいい。
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