俺だけの巨大ロボ(4)
3日前、稀人は礼亥に散々ねだられて、サーバータウン『カーダス・タウン』にある遊園地に遊びに行った。
ヒースヒェンも一緒だ。TRRが自分には操縦できないと知って以来、塞ぎっぱなしの彼女を励ますのが口実だったからである。
もっともそれと同じくらいには、他人の金で遊びに行きたいのが礼亥の本意だろうと稀人は思っていた。
「ここの遊園地、来てみたかったんだよね」
「遊園地なんて何処も同じようなもんだろ」
「同じ遊園地なんてどこにもないよ。稀人お兄ちゃん、感性が死んでるね」
「ぐはっ!」
芸術家気取りにはクリティカルな一言。
心臓を抑えてうずくまる稀人を後に、少女と幼女は手を取り合って歩いて行く。
「お兄ちゃん、早く来てよ」
『お財布』と書いて『お兄ちゃん』と呼ばれているような気がしたが、被害妄想だろう。
幸い、ミドルレイヤでの遊園地の相場はそう高くない。理由の1つは材料費がかからないからで、長きにわたる世界的な不景気でボトムレイヤにおけるレジャー産業が虫の息になった今、ミドルレイヤは低所得アウトドア層の格好の遊び場になっている。
「あれ! あれに乗りたい!」
ヒースヒェンを差し置いて幼児化したような礼亥が観覧車を指差す。
遊園地どころかサーバータウンに入ったときからその存在を誇示していた巨大な観覧車。
頂点の高さはゾーンタワーより高い。
「天辺に近づくと環境プログラムの外に出るのね。その瞬間の景色が独特で綺麗なんだって!」
「楽しみです」
はしゃぐ礼亥にそう返したヒースヒェンは、あまり乗り気ではないように見えた。
「どうした? 高いところが怖いのは仕方ないことだぞ。無理して礼亥に合わせることないんだ」
「……いえ、そういうわけじゃないです」
ヒースヒェンは顔を伏せる。
稀人は礼亥を制して、じっと待ってやった。
「ヒースは、役に立てないのに、こんなところで遊んでていいんでしょうか……?」
TRRを動かせない。家事だって棍藤やネネコがいれば充分事足りる。
ヒースヒェンがETOで果たすべき役割は何一つなかった。
そんな自分が遊んでいていいのかと、幼い少女は我が身を責めずにいられない。
「……あったりまえだろ」
稀人はヒースヒェンの頭を撫でてやった。
「ヒースは、なにも返せないのに」
「もっと大きくなって、いろんなことができるようになったら、おまえの子供に同じことをしてやれ」
死んでしまった者にはもう何もしてやれない。
だから復讐なんかじゃなく、次に産まれる子供達のために頑張れ――というのは流石に説教臭すぎて、口にするのははばかられた。
そもそも遊びに来た場で教訓話や説教など、聞きたくないだろう。
「……お兄ちゃん、世間一般の父親みたい」
わざわざ『世間一般の』と但し書きをつけるのは、衛戸申造はこういうことをする人物ではなかったからだ。
もっとも世間一般の父親がそういうことをするのかどうかは、稀人も礼亥も自信がない。
「父親はやめてくれ。せめてお兄さんにしてくれよ」
待ち時間は短かった。
1つの客車に複数組のグループが詰め込まれるせいだ。
ただ別のグループの姿や声は互いに見えない設定になっていて、窮屈という印象はない。
エアロックのような扉がバタンと閉ざされた。
「ねえお兄ちゃん、ARは何にする?」
観覧車の窓に投影する追加映像のことだ。
いくつかのジャンルが用意されていて、例えば『ホラー』なら観覧車の鉄骨や他の客車の上を這いずってくる長い髪の女が見えるようになる。
『ヒーロー』なら、その時点で放映中の特撮番組のヒーローが観覧者を狙ってやってきた怪人と戦う、というタイアップムービーが表示される。
「ヒースヒェンは何がいい?」
ヒースヒェンは少しもじもじした後、現在放映中の女児向けアニメのタイトルを口にした。
フリルエプロンを着た少女が出刃包丁やフライパンを武器に異次元からやってきた怪物と戦うというシリーズの1作だった。
入力すると、ビビッドカラーの髪をした2次元美少女が窓の外に現れ、こっちに手を振ってきた。
『ハーイ、よい子のみんな! カーダス・ドリームランドは楽しんでくれてる? 私はメリーゴーランドが好きだな! ……ああ大変、カジホウ鬼がドリームランドを潰そうと襲いかかってきたわ! でも安心して、ブリリアントなキッチンガールにしてイカす正義の戦士ブリキチガイが、みんなの楽しい時間は壊させない! 安心して、私達の戦いを見守っててね! どっせーい!』
観覧者が1周する短い時間に合わせた慌ただしい導入部は、もはや定番といっていい流れだった。
「……いいなぁ、こういうの」
主題歌が流れる中、礼亥がぽつりと呟く。
「おまえもこのアニメ好きだっけ」
「そうじゃなくて。ほら、わたし、うちで1番年下でしょ?」
正確には狗宇矢とは双子なのだが、どちらが先に生まれたかで狗宇矢は事ある毎に自分の方が兄だと主張している。
「みんな、わたしのこといつも子供扱いしてさ。正直、ちょっと嫌だったんだよね。……あ、みんなには内緒だよ?」
「…………」
「わたしだって高校生なんだからもっとお姉さん扱いしてほしいんだけど、でも実際みんなから見たら年下なんだよね。だからヒースヒェンちゃんが来てくれたのは嬉しいし……、未沙姉ちゃんには悪いけど、子供を産むことになってくれて、すっごくワクワクしてる」
稀人は妹を見やった。
何も考えていないように見えて、色々鬱屈を抱え込んでいたことにあらためて気づく。
しかしその『何も考えていないように見えて』いたこと自体が、無意識に妹を幼い存在と侮っていたことの証左なのだ。
「……悪い」
「わかればよろしい。これからはわたしを一人前のレディとして扱うように」
「ははーっ」
うやうやしく敬礼してやる。
そこでヒースヒェンの「なにやってんだこいつ」という目に気づいて、稀人は少し傷ついた。
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