エアリアル・ファイト(2)
稀人は衛戸家にあるTR転換機――斜めに立てかけられた棺桶のような筐体の前に立つ。
ここからミドルレイヤ経由で自宅近くのTR転換機に我が身を転送すれば、晴れて元の日常に戻れる。衛戸稀人の大冒険・完!である。
「お兄ちゃん、本当に帰っちゃうの!?」
転換機に乗り込もうとしたとき、稀人の腕を引っ張る者がいた。
礼亥が悲しげに眉を寄せ、こちらを見上げている。
「ヒースヒェンちゃん、このままにしておいていいの?」
「本人が残りたいって言ってるんだからしょうがないだろ」
あの場所で、ヒースヒェンは父だけでなく母や兄まで喪った。
身寄りのない彼女には他に行く場所がない。
家族の仇を討つためにもETOで戦いたいと、幼い少女は見知らぬ大人達相手に交渉を試みた。
たった1人で。
ヒースヒェンが助力を乞うようにこちらを見たとき――、稀人は無視したのだった。
「小さな女の子を身代わりにして、自分は逃げるの? お兄ちゃん、それでいいの?」
礼亥が小さな口を尖らせる。
「ヒースヒェンが何を言おうが、どのみち断るつもりだったさ」
「あんな子が復讐に人生を捧げようなんて、よくないよ」
「自分の人生を何に捧げようが、あの子の自由だ」
「そうやって手放しにしていいのは、大人になってからだよ! あの子は子供だし!」
「俺は大人なんだから、俺の生き方については手放しにしてくれ」
肩を落とす妹を、稀人はやれやれと眺めた。
身内贔屓も入っているが、礼亥は綺麗な顔立ちをしている。美少女といっていい。
そんな少女に悲しそうな表情をさせてしまうのはひどく後ろめたい気持ちにさせられる――が、自分の人生が美少女の笑顔より後回しにされるものとは思わない。
「俺とあの子は他人だ。あの子がどうなろうと、俺が気にすることじゃない」
「それが、
部屋の入口から稀人と礼亥のやりとりを見守っていた狗宇矢が、挑発気味に言った。
「流石、世界の危機も放っておいてETOから出て行った奴だよな? 小さな女の子が困っていても、見捨てられるんだ?」
「俺は、困ってる人を助けるために生きている機械じゃない!」
そうはいっても、実際のところ良心の呵責を感じている自分を稀人は否めない。
けれど、困っている誰かのために自分の人生がないがしろにされることにも不満を隠せないのが、彼という人間なのだ。
父も母も、兄弟達も違う。人類平和のためなら自分を捨てて戦える。
でも、稀人には無理だ。そうありたくともできないし、したくない。
そんな自分に劣等感を覚え、さりとて自分が間違っているとも思えない。
「というか狗宇矢、今日は平日の昼間だろ。学校はどうした」
「行ってないよ、そんなの」
「は……?」
「当然だろ。学生生活と両立できるほど、地球防衛は甘くないんだよ。いっとくけど通信教育は受けてるから、兄貴よりは頭いいつもりだよ」
「おまえらが頭いいのは知ってるよ。友達はちゃんといるのか?」
「そんなの、いなくても平気だし。だいたい兄貴こそ、普通に学校行ってたのになんで友達いないの?」
痛いところを容赦なく突いてくる弟だ、と稀人は苦い顔をする。
稀人に友人はいない。タイガとイナバが辛うじて、といった感じだ。
幼い頃からTRRパイロットになる為の訓練に追われ、友達と遊ぶ時間が
「おまえらなら普通に友達もできて、恋愛だってやれただろうに。戦いだけなんて、寂しい青春だよな」
「……兄貴にだけは言われたくないんですけど!」
「ちょっとやめなよ、2人とも……」
礼亥はため息をつく。
稀人と狗宇矢はいつもこうだ。理由はわからない。単純に反りが合わないのだろう。
それでも、家族が離れ離れに暮らすよりは一緒の方がいいと、彼女は思う。
「ねえ、稀人お兄ちゃん。もうちょっとでいいから、ヒースちゃんを見守ってあげてほしいな。お兄ちゃんがいてくれれば、あの子も少しは安心できると思う」
稀人は大袈裟にため息をついてみせる。
可愛い妹のために、少しくらいは妥協してやろう。
「わかったよ。で、今、ヒースヒェンは?」
「辰刀お兄ちゃんと、模擬戦をしてるよ」
「模擬戦?」
こっち、と礼亥が稀人の手を引く。
それを見て狗宇矢は、害虫が這っているのを見つけたような顔を浮かべる。
そのあからさまな嫌悪に満ちた表情を、稀人と礼亥が気づくことはなかった。
「――
「難易度高いな……。辰刀兄さんはETOのエースじゃないか」
だが、優しい兄であった。
だから、きっと適当に手加減してくれるのだろうと稀人は思っていた。
なのに。
シミュレーションルームのドアをくぐった稀人が最初に見たのは、惨敗し悔し涙に暮れるヒースヒェンの姿だった。
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