家族という名の砂地獄(2)
さっきまでどこか和気あいあいとしていた空気が凍り付いている。
原因は稀人だ。家族の話が出た途端、ネネコに向けていた笑顔はいつもの気難しそうな表情に戻り、更にそれを通り越してあからさまな敵意を浮かべた顔となった。
「……家族のこと、嫌いですか……?」
ヒースヒェンは、稀人を刺激しないよう、おそるおそる、尋ねる。
「嫌いだね」
即答。
「特に父さんは」
2Cのコクピットで見た、チューリップハットの老人を少女は思い出す。
ヒースヒェンにとって親と子は互いに愛し合うものだった。喧嘩こそすれ、憎み合うなんてドラマの中の出来事だと思っていたのに。
「……変です、そんなの」
「君の親父さんとは違うんだよ」
少しだけ眉と肩を落とした稀人が、ヒースヒェンの頭に手を置く。
「あの男は、ずっと前からエデンゲイターが現われることを知っていた。いや、あいつの妄想がたまたま事実になっただけかな……。とにかく、あいつはTRRを造り始めた」
対エデンゲイター兵器を開発するのに日夜奔走する両親。
稀人は読み書きよりも先に、自分が誰からも関心を持たれない存在なのだという実感を学んだ。
それが一転したのは彼が小学校に上がってしばらくしたくらいだったか。
突然熱心な教育者に転向した両親は、子供達に様々なスポーツや習い事をさせるようになった。
それは今までの放任に対する罪滅ぼしでも反動でもなかった。
彼等は、最初から我が子を対エデンゲイター兵器のパイロットにするつもりだったのだ。
ようやく両親が自分のことを見てくれたと、喜ぶ気持ちがなかったといえば嘘になる。
けれどそれ以上に稀人はその掌の返しようを身勝手だと思っていたし、課せられた訓練に対しては悪感情しかなかった。
身体を動かすより、閉じこもって絵を描いたり、本を読んだりしていたい。
実戦ではなくスポーツであっても、人と争いたくない。
有意義に時間を使うより、ただぼんやりと無意味な考え事をしている方がずっとよかった。
「それでもまあ、文句を言いながら付き合ってたよ。地球のため、平和のためって聞かされてたからね。……兄さんが死ぬまでは」
7年前、兄の乗っていた
折しも飛行試験中で、高空から大地に叩きつけられた機体は無惨に砕け散り、中にいたパイロットの無事など望むべくもない状態なのは明らかだった。
「俺にとって兄さんはヒーローだった。なんでもできるし、優しくて、かっこよくて……。だから事故現場を見たときは3日も寝込んだよ」
だが4日後、稀人は兄が一命を取り留めたと聞かされた。
息せき切って兄がいるという工作室に駆けつけるあの時の自分の昂揚感を、稀人は今でも覚えている。
そしてそれが無惨に打ち砕かれたときの、奈落に落ちるような絶望も。
「……あそこにいたのは、兄さんじゃなかった」
「えっ……」
「兄さんの顔の皮を張り付けただけの、アルミ細工の人体模型だ」
目の前の光景をどう受け止めたらいいか、幼い稀人にはわからなかった。
兄の生存を素直に喜ぶには、その姿はひどくグロテスクでおぞましく見える。
救いを求めて父を見れば、父は、笑っていた。
「あいつは、機械の身体のテストができたこと、機械的接続によってTRRがより複雑に動かせることを喜んでいたんだ。あいつにとって、子供は部品に過ぎなかったんだ!」
だから、最終的に稀人は家を飛び出した。
地球人類のため、世界平和のため。そんなのは糞食らえだ!
俺は自分自身のためだけに生きてやる。仲間なんて、家族なんて、自分を縛るだけのものは要らない。
「……本当に、そうですか?」
「あ?」
「おにーさんのおとーさんは、本当に子供をそんな風に思っていたんでしょうか」
「…………」
「ヒースは、違うと思います。どんな形でも生きていてほしかったから、そうしたんじゃないですか? ヒースも、パパが生きてくれるなら、人体模型だって――」
「君がそう望むのは勝手だけど、パパはどうかな。そんな形で生きるくらいなら、死んだ方がマシだと思うかもしれないよ」
「おにーさんのおにーさんは、嫌だって言いましたか?」
「…………」
――父さんのおかげで、僕はまた世界のために闘える。こんなに嬉しいことはないよ。
「ああ。兄さんは、喜んでいたよ」
「なら――」
「だから俺は、兄さんに失望したんだ」
あんな形で生かされて嬉しいはずがない。
1度死んだんだ。もう勘弁してくれ、好きにさせてくれと言っても罰は当たらないはずだ。
なのに兄はまだ人類のために働く気でいた。そして両親もまだ戦わせる気満々であった。
「なあ、愛情だったって言うなら教えてくれよヒースヒェン。どうして1度死んだ息子を、また死地に送り込もうとすることができるんだ? なんでもう、そっとしておいてやらないんだ!?」
「それは……」
「あいつはそんな立派な生き物じゃない。知った風な口を叩かないでくれ!」
「…………」
ヒースヒェンは何も言えず、うつむいた。
「……いや、すまない。言い過ぎたよ」
子供に不快な話をしてしまったことに後ろめたさを抱き、稀人はネネコに向き直る。
「あの時『そこまで言うなら出ていけ』って父さんは言ってくれたはずだ。なんで今更呼び戻すんだ?」
「それは、旦那様から、御直接、御聞き、ください」
何かを言いたそうに拳を握りしめた稀人だったが、ふっと力を抜いた。
ヒースヒェンの前で感情的になることに恥じらいを覚えたのかもしれない。
「……わかったよ。案内してくれ。なにせ俺にはもう、自分の実家の間取りなんてわからないんだからな!」
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