天の獄卒、地に立つ守護神(1)
人類がエデンレイヤの入口を探すことをよく思わないモノがいた。
それは、当のエデンレイヤに棲む霊的生物――あるいは
ミドルレイヤに棲息する電子精獣とは一線を画する彼等は、自分達の住処を荒らそうとする人類に対して、攻撃をしかけてきた。
彼等はアメリカ、中国、ロシアの軍事用サイバースペースに侵入。
各軍の保有する多くのデータを喰らい、ネットワークを貪り、蓄えた情報を変換することで実体化。それぞれの国土を焦土に変えた。
対話不可能なその生物を、人類は『エデンゲイター』と呼称。
以来、人類とエデンゲイターの戦いは舞台を
その編隊が、すぐ側を飛んでいる。
帆船は一転して緊張に包まれた。
電子精獣と違い、エデンゲイターは人類に与えてもらうまでもなく外観データを備えている。
今船員達が見ているそれは、「サザエのような形状をした暗灰色の甲羅を背負ったヒトデ」といったものだ。
五芒星の各頂点からは1本ずつ触手が伸び、蛇のように身をくねらせている。
見た目がドローンに似ていて
ヘリコプターほどの大きさのあるそれが、20、いや30はいるだろうか。
エデンゲイターの来る方向から、景色が塗り替えられていく。
青々とした草原は赤茶けた荒野に。澄み渡った空は雷鳴轟く曇天に。
「よくもまあ、随分と気の滅入る壁紙を選んでくれたもんだ……!」
人類がミドルレイヤの環境を描き替えるように、エデンゲイターも同じことができた。
いや、技術レベルとしては向こうの方が上だ。
ミドルレイヤで戦うようになった当初、これによって人類は手痛い打撃を受けた。
戦闘機は海中に没し、潜水艦は陸の上で置物と化し、戦車は空に放り出される。
マルスウェアが汎用性の高い――飛べる、走れる、泳げる人型機械に集約されていった一因だ。
「この船が見つかったの?」
「……いや、俺達じゃないようだ」
「あそこだ、追われてる奴がいる!」
ドローヴンの編隊の前に、5機のマルスウェアがいた。
背面ブースターをいっぱいに噴かし、電子の死神から逃れようと必死に地表すれすれを飛んでいる。だが死の鎌との距離は刻一刻と縮んでいく。彼等が地に墜ちるのはもはや時間の問題だろう。
『助けてくれ!』
追われている一団はこちらを見つけたらしい。救援要請が送られてきた。
『こちらはオルファー・キャラバン、リーダーのコニーリョ・オルファーだ! 救援を求む!』
「…………」
帆船の乗組員達は皆、気まずそうに目を逸らした。
彼等のような木っ端エレクプローラーが助けに向かったところで、エデンゲイターと正面切って戦うのは無理だ。死体を増やすのがオチだろう。
しかも、帆船側は容量節約のため、既に所有するマルスウェアの大半をアーカイブ化してしまっていた。
全機の解凍が済むまでキャラバンの面々が生き延びられるとは思えない。
むしろ今すぐここを離れなければ帆船側も彼等の後を追うことになる。
『頼む、同じエレクプローラー同士、礼は弾む!』
通信回線から聞こえる声は切実さを増していく。
『子供がいる、この子だけでも!』
助けを求める男のコクピットが映し出される。そこには確かに桃色の巻き髪とフリルのついたワンピース姿の幼い少女が同席していた。
つぶらな瞳が、通信ウインドウ越しに帆船の乗組員達を心細げに見上げる。
平時なら庇護欲をかき立てられるであろうその所作も、今は船員達の気を滅入らせる効果しかなかった。
たとえ絶世の美女が感謝のキスをくれるとしても、自分の命と引き替えでは割に合わない。
「……船長、行かせてください」
イナバが手を挙げた。
全員の目が彼女に注がれる。
「アタシの機体はまだ圧縮作業が始まっていません、今すぐ行けます」
「しかし……」
「自分も行きます」
タイガがイナバと寄り添うように立つ。
船長はため息をつき、戦闘部隊長に尋ねる。
「……他に、今すぐ動かせる機体は?」
自分で調べろよと隊長は思ったが、口には出さず迅速に命令を実行した。
タスクスケジュールのリストを呼び出し、表示する。
「今すぐ出せるのは……マレトです」
今度は稀人に全員の視線が集中する番だった。
狩りで活躍したのが裏目に出た。人々の視線には、期待の色が混じっている。
稀人なら、なんとかしてくれるのでは――そんな楽観意識が透けて見えるようだ。
冗談じゃない、と稀人は思った。
エデンゲイターは本来軍隊が戦うような相手である。
一介のエレクプローラーなぞにどうにかできるわけがない。
「お、俺は……」
イナバから逸らした目は、だが画面の中の少女に止まってしまった。
6歳くらいの幼い少女。恐怖と不安をたたえたその瞳からは、今にも涙が溢れ出しそうだ。
――守りたいんだ。この世界を。
何故か、兄の言葉が脳裏に浮かぶ。
忌まわしいそれを、稀人は全力で脳内から追い出した。
(俺は兄さんとは違う! 俺の命は俺のものだ! 俺だけのものなんだ! 他人のためにも、世界のためにも産毛1本くれてやるものか!)
助けたいという気持ちがないわけではない。
だけどそれは、己の命を自分自身の手で他人に都合のいい道具に貶めることではないのか。
「……俺は嫌だよ。むしろ、奴等の矛先がこっちに向かう前に逃げるべきだ」
それでいいのか、と胸の奥から問われたような気がしたが、現実的に考えて、それこそが妥当な判断であるはずだった。
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