エアリアル・ファイト(4)
「……ほら、やっぱり駄目じゃない」
模擬戦闘を見物していた未沙は、
遠くから見ていれば全てがわかる。
辰刀はまず熱を発生させる
ネネコという下駄を履いても、稀人は辰斗にいいように弄ばれるだけ。
あれなら今の自分の方がまだマシだ。
これで家族も未沙の必要性をちゃんと認識してくれたことだろう。
稀人が5回負けたら終わりというのが事前の取り決めである。
ようやく、堂々と腹の中の厄介な重しをどかせるというものだ。
「……ねえお姉ちゃん、本当に、その、堕ろしちゃうつもりなの?」
「あたしが抜けたら誰が2Cで戦うってのよ。代わりがいないんだからしょうがないでしょ」
赤ちゃん楽しみにしてたのにな、と礼亥は残念そうに呟いた。
これが他の誰かなら「おまえの楽しみのために犠牲になるつもりはない」と怒鳴りつけるところだが、妹相手には未沙も優しい。機嫌がいいときでもあるのだし。
「――でもあのザマじゃね。いくら相手が辰刀でも、もう少し善戦してもらわないと」
「善戦って、どれくらい?」
カバリオが自棄になったように言った。
「そうねえ、一勝……というのは高望みよね。せめて引き分けくらいかしら」
「――だ、そうだ。頑張ってくれ、マレト」
「!?」
モニターの中、稀人のトリファイターはまだ飛んでいた。
流石に攻撃の全てを避けきることはできず、機体からは黒い煙が上がっていたが、飛べている以上はまだ負けではない。
天に向かって機首を掲げたトリファイターは、まっすぐ辰刀機を追いかける。
「よく避けたな!」
辰刀の声には嘘偽りない賞賛がこもっている。
さっきの一撃で、確実に仕留めたつもりだったのだ。
「こいつのサーモセンサーは感度がよすぎる。あんたの影で温度が下がった部分まで、しっかり捉えてくれた!」
攻撃の直前に太陽を背にした所為で、稀人機の下にある雲に辰刀機の影が映り込んでしまったのだ。
だがそんな温度変化は微々たるものだ。モニターを通常表示にしていればいざ知らず、サーモセンサーモードにしていた稀人にわかるはずがない。
「一応、絵描き志望なんでね……。ティールブルーとインディゴの違いだってわかるように、目の設定を弄ってある!」
「なるほど、
「それに、兄さんがサーモグラフィーに切り替えただけでどうにかなる相手とも思っちゃいなかったからな!」
「フッ――光栄だね」
「その余裕もここまでだ! 見つけたからには、もう逃がさない!」
辰刀は
今度は稀人が辰刀を追い詰める番だった。
辰刀は右へ左へ機体を振ってかわすが、反撃に転じることができない。
「……それだけの技量があるなら、ETOに戻ってこい、稀人!」
「戻れだと?」
「おまえはこの4年間、何をやってた? 何を成し遂げた?」
「…………!」
「おまえだってわかっているはずだ、自分の力を使うべき場所を!」
「うるさい! 俺の力は、俺のために使う!」
反撃などさせるものか――。稀人のこめかみを汗が伝う。
機体は無傷ではない。今度追われる側になれば、逆転はもう不可能だ。
「俺はあんたみたいに、自分の尊厳を他人の都合でないがしろにされる人間にはなりたくない!」
「だが、おまえは他人をないがしろにできる人間でもない!」
「そんなこと、ない!」
「だというなら、なんでおまえは今戦っているんだ?」
「…………!」
「泣かされたあの子を可哀想だと思ったからじゃないのか。……おまえはそういう奴だよ」
「違うッ!」
「――稀人御坊ちゃま、御脳内で主題歌が流れる御勢いで御景気よく御追いかけておられるときに御残念ですが、御次の御発射で御残弾がゼロで御座います」
「――――っ!?」
稀人は慌ててトリガーボタンから指を離す。
ちなみに残弾がゼロになっても、戦闘継続不能とみなされやはり負けである。
「……ネネコ!」
長い間稀人の世話をやっていたアンドメイドは、続く稀人のハンドジェスチャだけで彼の意図を理解した。
「ブースト!」
次の瞬間、稀人のトリファイターは流星と化す。
出力リミッターを解き放った電気飛行機はその全ての力を推進力に換え、猛然とスピードを上げた。稀人の身体がシートに押しつけられ、呼吸ができなくなる。視界が暗くなっていく。
それでも、辰刀のトリファイターから目を離すことだけはしなかった。
敵影がすぐ目の前に迫る。
暗転。衝撃が、稀人の身体を強く揺さぶった。
模擬戦闘をモニターしていたレーダー画面から、稀人機と辰刀機のシグナルが同時に
「……引き分けでいいって、言ったよね?」
不敵な笑みを浮かべ振り返ったカバリオは、未沙の険しい顔に出会ってすぐに前を向いた。
――ミドルレイヤにあるETO本部。
空軍の基地を思わせる、その滑走路上に稀人は転送された。
受け身も取れずにひっくり返る。
「まったく、呆れた奴だ……!」
先に転送されていた辰刀が苛立たしげに髪をかき上げた。
稀人の傍らに立つネネコも、同意とばかりに肩をすくめる。
立てよ、と辰刀は稀人に手を貸してやった。
ミドルレイヤにおいては、辰刀はサイボーグの姿ではなく、生きていて順当に年齢を重ねればこうだっただろうという姿そのままのアバターを使用している。
だから稀人も素直に兄の手を借りることができた。
だが、手を離された途端すぐにへたり込む。
「御極度の御集中からの御反動による御疲労と御筋肉痛ですね。少し御休みになれば大丈夫で御座います」
筋肉痛。電子の身体になってもまだ、人類は肉の重みから解き放たれてはいない。
「特攻とか、何を考えているんだ。琴巳がすぐ転送してくれたからいいものの、間に合わなければ死んでたんだぞ!」
「悪かったよ、兄さんには」
「僕はおまえのことを心配してるんだよ稀人」
「俺の……心配……?」
「こんな模擬戦でムキになって特攻だなんて。まったく……」
大きくため息をつく辰刀。
呆れたいのは自分の方だと稀人は思った。
「とにかくこれで、ヒースヒェンの入社、認めてくれるんだろ?」
「ああ。おまえと一緒にな」
「は!? なんで俺が!?」
「当たり前だろう。子供じゃないんだ、拾ってきた犬の世話を親に丸投げするな。最後まであの子の面倒を見ろ」
からかうように言う兄に対して反論の言葉を探す稀人に、話題の人物の声が投げかけられた。
「――おにーさん!」
なかなか基地内に転移してこない辰刀達を心配して、ヒースヒェンや琴巳達が迎えに来たのだった。
ヒースヒェンは駆け寄ってきた勢いのまま、稀人に抱きつく。
「駄目よ稀人君、危ない真似しちゃ。本当に死んじゃったんじゃないかって、ヒースちゃんすごく心配してたんだから」
「心配……」
ヒースヒェンとてミドルレイヤの常識はわきまえているはずだが、父をはじめとして同じチームの仲間が死んだ後では過剰に不安にもなろう。
「……悪かったよ、ヒースヒェン」
稀人はヒースヒェンの背中を軽く叩いて安心させてやった。
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