俺だけの巨大ロボ(3)



 礼亥が死んだ。

 未沙姉さんも。


 そして父さんは、やはり涙1つ零さなかった。



◆ ◆ ◆



 かつてサーバータウンだったそこは、一面のマグマに覆われていた。

 いったい何人の人間が無事に転送できただろうか。

 溶岩帯の上をひらりひらりと舞う炎の天使を、稀人は睨みつける。

 見ているだけで脳が熱中症になりそうだが、戦闘中ともなれば目を背けているわけにもいかない。


 稀人はマークツーの腰コクピットの中で、膝の無反動砲を撃つチャンスをうかがう。

 辰刀の意志で動くマークツーと縦横無尽に飛び回るイオフィエル、射撃の機会はいつ訪れるかわからない。


 髪の生え際から垂れた汗が、隙あらば目に流れ込んでこようとする。

 拭おうとした手も、既にべっとりと濡れていた。

 ミドルレイヤにあっても汗は生暖かく不快だ。


「カバリオさん、そっちからコクピット内の環境是正操作を……カバリオさん?」

『……あ、すまない、なんだ?』


 戦闘中、カバリオは琴巳と一緒に後方から戦闘部隊を支援してくれている。

 だが今日はどこか上の空だ。

 それを怒鳴りつけるのは、稀人には躊躇われた。


 最愛の妻が切迫早産で病院に担ぎ込まれれば、そうもなろう。

 しかも申造はそんなカバリオに対して、「より戦闘に集中したまえ」とぬけぬけと言い放ったのだ。


 温厚なカバリオも、これにはキレた。

 敬愛していたはずの義父を正面から怒鳴りつけ、痛罵する。日頃大人しい彼からは想像もできない一面だった。


 対して、申造は平常運転だ。地球防衛こそ至上の命題であり、その他のことは全て些事だと言い放つ。

 まるで感情のない人形を相手にしているようだった。ネネコの方がまだ人間味がある。

 稀人に対して1個のプログラムたれと言ったが、申造はそれを自身で実践しているのだ。


「じゃああなたは、奥様が窮地にあっても戦闘を優先するのか!」


 そう問われたとき、申造は即答した。


「そうだ」

「ひどい旦那を持ったものですね。同情しますよ、お義母さん」

「いいえ」


 衛戸美奈羽は夫の肩に手を添え、泰然と微笑んだ。


「それでこそ衛戸申造ですわ」


 そんな両親の姿に、稀人は薄ら寒いものを感じる。


 結局、カバリオは強引に出ていくことなく、オペレーターとしての役目を果たしてくれた。

 たとえ集中力に欠けているとしても、彼の支援は稀人達にとっては心強い。


 自分だったら、と稀人は想像する。

 言いたいことだけ言って飛び出してしまっただろう。地球の平和など知ったことか。


 こうした味方同士のゴタゴタがなかったとしても、苦戦には変わりなかっただろう。

 端的にいって、イオフィエルの戦闘力はマークツーと同等か、それ以上だ。


(こりゃ、デザインだけじゃなくて、抜本的な改造が必要だな……!)


 そしてこの場にはもう1体、大型エデンゲイターがいる。

 BEIL-07――『ブルヘッド牛の首』と稀人が名付けた大型エデンゲイターが、戦場の隅にぽつんと佇んでいた。


 こちらには何もしてこないが、だからといって何もしていないわけではない。


「BEIL-07、次元アクセスゲートDAG展開!」


 大きな衝角をつけた牛の頭骨に似たエデンゲイターの頭上、空間が歪み、『穴』が生じる。

 それこそがDimension Access Gateway――電脳世界と物質世界を直通する次元トンネルだ。

 DAGの中にはよく見慣れたビル街の光景が広がっていた。


「送信先を特定! 日本国東京、新宿上空です!」


 琴巳の緊迫した声が響く。

 イオフィエルがマークワンを足止めしている間に、ブルヘッドはサーバータウンからボトムレイヤへのアクセスパスワードを奪取していたのだった。


 そうして、この日人類は数年ぶりにエデンゲイターの3次元世界侵入を許す。

 しかしその時と今回で、人類に用意ができているかといわれれば、そんなことはなかった。

 エデンゲイターによる高次元ハッキングへの対策は今のところ「コンピューターを全て外す」しかない。対エデンゲイター戦において、兵器の水準は世界大戦時レベルにまで後退している。


「BEIL-07は千葉方面へ侵攻」

「なんだって!?」


 琴巳の報告に、真っ先に反応したのはカバリオだ。


「どうしたんです、カバリオさん!?」

「ミサが、進行方向に、ミサの病院が――」

「!!」


 凶事はどれだけ重なれば気が済むのだろう。

 どだい、たった1機の高性能機だけで世界を守る方が無理難題なのだ。


「分離する」


 辰刀が言った。


「俺がアルムヌスを食い止める。2B、2CはBEIL-07を追跡しろ」

「でも、兄さん1人で……」

「足止めに徹すれば大丈夫だ。ボトムレイヤが奴等に破壊され尽くされれば、全て終わりだぞ」

「了解!」

「いや、駄目だ!」


 稀人は呻く。

 イオフィエルとの戦いでマークツーは左足を喪失していた。

 半分になった2Cでは戦力として心許ない。


「――本部! 2Cは一時帰還する!」

「稀兄?」

「1度ETO本部に帰還して、マークワンで再出撃する」


 通信ウインドウに映る狗宇矢の顔は猜疑で満ちていた。

 前回の戦闘における間抜けな一コマは、まだ記憶に新しい。


「また武器が取れませんでした、みたいなことナシだよ?」

「……それは大丈夫だ」

「本当かよ」

「ただ問題が1つあって。実はまだ完成してないんだ」

「は!?」


 ネネコとの会話の後、稀人はリデザイン作業をゼロから始めることを選んだ。

 ネタに悩んだり詰まったりしているわけではないが、単純に時間が足りなくて、まだ完成には至っていない。


『完成していたバージョンのデータを呼び出せばいいじゃないか。以前君がテストを中断したアレ』

「あれは、削除しました」


 自らの退路を断つために、それまであったデータは全て消していた。

 もったいない、とカバリオは額を押さえた。


「5分でいいんだ、狗宇矢、礼亥。それだけあれば完成させられる。だからそれまで1機で持ちこたえてくれ」

「わかったよ、稀人お兄ちゃん」

「……礼亥、おまえ稀兄に甘すぎやしねえ?」

「半分壊れた2C単体よりも、完全装備のマークワンの方が心強いってだけだよ」

「僕も礼亥の意見に賛成だ」


 兄が――辰刀が認めてくれた。稀人にとってはそれで充分だ。


「狗宇矢、礼亥、稀人が追いつくまで大変だが、やれるな?」

「誰に向かって言ってんだよ」

「任せて。なんたって、わたしはもうお姉ちゃんなんだから!」


 合体が解除される。

 狗宇矢と礼亥の乗った2BはすぐさまDAGの向こうへ消えていく。

 稀人はイオフィエルと距離を取り、転送準備を始める。



 手足を失い、辰刀の乗った2Aはむしろ生き生きとしているように見えた。

 激しい空中戦を繰り広げる辰刀とアルムヌス。

 言いようのない苛立ちが稀人の胸に渦巻く。


 稀人は嫉妬していた。


 アルムヌス。異世界人でありながら、地球を美しいと評し、人類の善性も肯んじてみせたあの男。

 あいつをねじ伏せたい。稀人の自虐的で薄暗い世界観の方が正しかったと言わせたい。

 いや、そんなことは無理だろうから、叩きのめすくらいが関の山だろう。

 問題はそれすら難しいということだ。


(だけどいつか、必ず……!)


 稀人の視界に広がっていた光景が、溶岩帯から格納庫に変わった。


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