天の獄卒、地に立つ守護神(3)


 キャラバンの機体が、また1体破壊された。


「ここまでか……!」


 エデンゲイターの追跡から必死の逃避行を続けるオルファー・キャラバン。

 その先頭にいるマルスウェアのパイロット――コニーリョ・オルファーは思わず呻いた。

 だがすぐに、機体と同化した自分の腹の中に娘がいることを思いだし、慌ててさっきのあきらめを否定する音声メッセージを送る。


「いや、きっと大丈夫だ。大丈夫だから……」


 なんて薄っぺらい言葉だと、コニーリョは自嘲するしかない。

 そこで脳内にシグナル。

 敵先頭の攻撃圏内に入ったことが、視界に追加された文字情報で示された。


 振り返った視線カメラの先、自機の肩と仲間達の向こうにいるドローヴンが触手を持ち上げるのがひどくゆっくりと見えた。

 鎌首をもたげた蛇のような触手。その先端にある砲門器官が光を発する。


 だが次の瞬間――、甲羅で何かが金属音を立てて弾け、ドローヴンの注意が逸れた。

 コニーリョは慌てて機体を敵の射線から逃がす。部下達もそれに追随。


「さっきのは……救援か?」


 弾丸の飛来方向の景色をズーム表示すれば、長距離ライフルを構え飛来する白いマルスウェアが映った。

 背中に羽根のような放熱板を持つその機体の名はトゥリトス。イナバの機体だ。

 ゼフテロスとはメーカーが違うだけで、性能もたいして変わらない。

 強いていえば少しばかり重装甲といえたが、エデンゲイターの前では本当に微々たる差でしかなかった。


「イナバ、この距離じゃ効かないぞ!」


 焦っているように見えるイナバにタイガは注意を投げたが、


「わかってるよ、タイガ! でもあいつらの注意を引きつけなきゃいけないんでしょう!?」

「あ、ああ、そうだった……」


 思ったより冷静な返答に、むしろ自分こそ平静ではないと気づかされた。


 厄介な相手と思われたのか、ドローヴンはイナバ達を先に始末する気になったらしい。

 触手からの光弾がイナバとタイガを襲う。


 デリート・プログラム弾に装甲を削られながら、イナバは勇猛果敢にライフルで反撃する。

 空気を揺らし撃ち出された弾丸は、しかし何もない空間を素通りした。


「避けられた……あっ!?」


 敵の反撃。咄嗟にライフルの銃身を盾にした。ライフルが無意味なデータの塊に分解される。


「ああ、くそっ!」


 どのみち接近すれば長距離ライフルは使えない、と割り切ることで、イナバは失点をなんでもないものと自分に言い聞かせた。腰に吊るした突撃銃を構えつつ、タイガの方をうかがう。


 軽量化したゼフテロスを使用するタイガは、音声入力を使ってバラエティライフルをピストル・モードに切り替え、自慢の早撃ちを披露していた。

 取り回しやすく反動も少ないピストルはドローヴンの機動力に追いついてはいたが、反面破壊力は小さい。大部分の弾丸は、カン、と甲羅の上で虚しく踊るに終わった。


「もっと近づかねえと……!」


 バーニアを1度だけ軽く噴射。ホームベースに滑り込む野球選手のように、タイガは己をドローヴンの真下に潜り込ませる。

 甲羅に弾丸が効かなくても、その下の柔らかそうに蠢くヒトデ部分ならば――という発想だ。


 だがタイガを待っていたように、ヒトデの中心部分が口を開けた。

 ごぼ、と粘液状のものが吐き出され、タイガ機に降り注ぐ。


「ぎゃあ!? なんだこれっ!?」


 不快感にタイガは悲鳴をあげる。

 もちろん気持ち悪いだけでは済まなかった。

 粘液に触れたマルスウェアの装甲がしゅうしゅうと溶けていく。

 せっかく向けたライフルの銃口もぐにゃりと曲がった。


「溶解液……か? また新機能かよ!?」

「タイガ、下がれ!」


 装甲の厚さを活かし、イナバがショルダータックルでドローヴンを弾き飛ばす。

 タイガは機体を立ち上がらせようとして――しかし彼の身体、つまりゼフテロスはピクリとも動かなかった。


「足が溶けてやがる……畜生!」


 這いずるタイガに、別のドローヴンが近づいてきた。

 イナバはさっきのドローヴンへの対処で限界だ。


「まだ1体も倒せてねえのに!」


 ここで終わってしまうのか。タイガは無意識にカメラからの情報をシャットアウトした。


 刹那、あるいはもっと長い時間が流れ――何も起こらなかった。


 おそるおそる瞼を開いたタイガは、風穴を空けられて墜落するドローヴンの姿を見る。

 そして、自分を守るように立つ青い騎士に似たマルスウェアの背中も。


「マレト……!?」

「ミニマム・バンカーバスター弾の代金、後で払ってもらうからな」


 稀人は敵に囲まれつつあるイナバにカメラを向けた。

 モニター内のターゲットサイトが敵に被さると同時に、ロックオンを待たずトリガーボタンを押す。

 ゼフテロスに構えさせたグレネードランチャーが、値段に見合った破壊力を誇る小型貫通破砕弾を打ち出した。

 コクピット内に発砲の振動とトリガーのクリック音が鳴る度、ドローヴン達は電子の花火となって四散。


 電子精獣達とは違い、エデンゲイターは敵にデータを渡さぬよう、行動不能になると同時に自己をデリートする――自爆機能を装備していた。

 ちなみに、同様の機能はマルスウェアにも備わっている。


「なんで来てくれたの、マレト?」

「『男らしくしないってことは、卑怯になることでも、かっこつけないってことでもない』――だっけ?」

「え……?」

「……個人主義者インディビジュアリストだって、利己主義者エゴイストの代名詞じゃないって、そういうことだ……!」


 照れたように背中を向ける稀人の機体に、イナバ機とタイガ機は肩をすくめ苦笑するかのように身を揺らした。

 だが、コクピット内の稀人は照れてなどいない。

 その眉は苦虫を噛み潰したかのようにしかめられていた。


 偉そうなことを言ったところで、結局自分は個人主義を貫けなかった半端者だと稀人は思う。

 自分の意思に従ったというよりは、安っぽい仲間意識と浪花節におもねってしまった感が拭えない。

 結局どっちを選んでも、彼の心は晴れなかった。


「とにかく、逃げるぞ。――もうバンカーバスターはない」

「もう!?」

「金持ちじゃなくて悪かったな」


 稀人は武器ステータスパネルを呼び出し、煙幕弾を選択。

 追いかけてくるドローヴンに発射した。

 ヒュルヒュルと飛んだジュース缶のような弾丸が地に転がり、どす黒い煙を吐き出す。エデンゲイターと稀人達を朦々もうもうたる黒煙が分断する。


 稀人はタイガの機体に肩を貸してその場を離脱。

 すかさずイナバが2人を守るようなポジションに移動する。


「キャラバンの人! そちらから見て10時の方向に、帆船型の電宙船が見えるはずだ! 追いつけるか!」


 キャラバンの生き残り達が方向転換していく中、稀人は先頭にいた1機がどんどん仲間に引き離されていくのに気づいた。接近する。

 そのマルスウェアの脇腹に大きな風穴が空いているのを、稀人は見る。


「機体が駄目そうならこっちのコクピットに転移してきてください。1人なら乗れます」

「救援に感謝する。だがどうやら私はここまでらしい」


 コニーリョは脇腹を押さえ、力なく呟いた。


「内部のアバターまで破損してしまった、もう長くない」

「…………」

「この子を、頼む」


 目の前のマルスウェアから、乗員の転送要求が入ってきた。

 稀人がOKボタンを押すと、コクピットにあの少女が現われる。

 ピンク色の巻き毛にフリルのついたワンピース。

 キラキラしたアクセサリーをあちこちにつけているが、どれも安物だった。

 お姫様に憧れる子供か、あるいはそう振舞いたい大人の好むアバター。


 この期に及んで、少女が本当に少女なのか気にしてしまう自分を稀人は恥じた。

 どっちでもいいじゃないか、今更。


「元気でな、ヒースヒェン……」


 それで力尽きたのか、隣を走っていたコニーリョ機はがくんと膝を落として転倒した。


「パパ!」


 ヒースヒェンというらしい少女は、遥か後方へと転がっていく父に向かって、届くはずもない手を必死に伸ばす。

 バランスを崩して床に倒れ込みそうになったその身体を、稀人は辛うじて片手で支えた。

 彼にはそれが精一杯で、父親の消滅を示す光と音から彼女の目を隠してやる余裕はなかった。


「パパ――――ッ!」


 泣きじゃくる少女を見下ろして、稀人は自分に問う。

 あの時、イナバに反論せず、すぐさま出撃していたら……?


 けれど、そんな思考は今更無意味だ。

 今考えなければならないのは、父娘のあの世での再会を引き延ばすために、自分が何をしなければならないかということだった。

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