天の獄卒、地に立つ守護神(4)


「もうすぐだよ!」


 イナバのほっとしたような声に、稀人は我に返った。

 帰るべき船影がモニターの中にある。

 その下にはキャラバンの機体が無造作に転がっていた。


 おかしいことではない。船の速度を落とさぬよう、かさばるマルスウェアのデータは捨て、パイロットだけを送信した跡だ。


 だがその光景は稀人に違和感を覚えさせた。

 どこがおかしいと言われてもわからないが、何かが――。 


「……なあ、船が動いてなくないか?」

「え?」


 タイガの言うとおりだった。

 稀人達が追いつける程度の低速で移動し続けているはずの帆船は、同じ位置にぴたりと静止している。


「どういうことだ!?」

『先に進めない! コントロールが!』


 通信機のパニックに陥った船内の空気が漏れ出てくる。


『奴等、この周辺をブロックして――』


 その途端、船を攻撃範囲に捉えたドローヴンが一斉射撃。

 ちっぽけな帆船が爆発四散するまで時間はかからなかった。


「ブロック……。そうか、あいつらがわざわざ環境データを書き換えたのは、一帯を封鎖するため……!?」

「おれ達、ここで死ぬのか!?」


 稀人は周囲を見回したが、敵の構築した戦場は一面の平坦な荒野で、隠れる場所さえ存在しない。

 できることといえば、全速力で逃げ回るだけだ。しかし狭い空間から出ていけないのでは、捕まるのも時間の問題でしか……。


「アタシのせいだ……!」


 イナバの機体が打ちひしがれたように肩を震わせ、ぺたんと座り込む。

 憑依形式で操作されるマルスウェアは、パイロットの嘆きと後悔を雄弁に物語った。


「アタシが、助けるって言わなければ、少なくとも船のみんなは……!」

「……助けるかどうか迷ってた時点で、もう手遅れだったさ」


 タイガが慰める。


 稀人も今日初めて知ったことだが、エデンゲイターの環境構築プログラムには獲物を閉じ込める機能があったらしい。

 草原が荒野に描き替えられた時点で、もう帆船の運命も決まっていたのだ。


「立つんだ、イナバ。最期まで足掻いてやろうぜ」

「足掻く――?」

「そうだ、逃げ回るんだ」

「……この檻の中を?」


 イナバは力なく笑った。


「駄目で元々だ。助けが来るまで踏ん張ろう」

「助け!? ミドルレイヤがどれだけ広いと思ってるの! 助けなんか来るはずがない!」


「――助かります!」


 そう言ったのは、さっきまで泣いていた少女ヒースヒェンだった。


「パパは最期まで助けが来るって信じてました! そしたらおねーちゃん達が来てくれた! だから……だから、おねーちゃん達にだって、助けが来ます!」

「……そうだぞ、イナバ」


 メチャクチャな論理だと思ったが、イナバには立ち直ってもらわねば困る。

 稀人は少女に同意を示す。


「そうだね。助けようって言い出したアタシが挫けてちゃ駄目だよね……!」


 警告音。船の解体を優先していたドローヴンが、ついにこちらへ標的を変えてきたらしい。


「逃げるぞ!」


 高価なミニマム・バンカーバスター弾はもう撃ち尽くしている。

 イナゴめいて襲いかかるドローヴンの群れは、稀人達には死そのものに見えた。


「……俺を置いて行ってくれ、マレト」

「黙ってろ」


 稀人はコクピット内にタイガのアバターを転送する容量が残っているか確認する。

 返ってきた答えは、否定ネガティブ

 稀人と少女で、マルスウェアのコクピット容量はいっぱいだ。


「イナバ、もっと接近してくれ。タイガをそっちに乗せたい」


 しかしイナバ機は近づくどころか、逆に遠ざかっていく。


「イナバ!?」

「……マレト、その子とタイガを頼むよ」


 イナバ機がこちらに背を向け、親指を立てた。

 嫌な予感が稀人を襲う。


「アタシが時間を稼ぐッ! ンナの心意気、見せてやるぜぇ――ッ!」


 そう吠えて、イナバは単身、敵集団へ突っ込んでいった。


「だから、おまえが責任感じることないって……! マレト、イナバを助けに行ってくれよ! いや、いっそ3人でかかれば……」

「自分1人じゃ動くこともできない状態で、何言ってるんだ! それができなかったから、こうして逃げてんだろ!」

「おにーちゃん、前!」

「!!」


 ヒースヒェンの声に振り向けば、新しい敵集団が目の前に浮かんでいた。

 ずらりと並んだ砲口が稀人を睨む。


(死ぬのか)


 稀人は歯を食いしばった。

 しがみついてくるヒースヒェンを抱き返す余裕もない。


(空っぽのロボットみたいに死ぬのが嫌で逃げ出して……! 結局何にもなれないまま、誰も救えないまま、自分のためでも世界のためでもなく、他人に押しつけられた無意味な死を迎えるのか?)


――無駄な死に様だな。


 父の声がした、ような気がした。


――私のところにいれば、まだ意味のある死に方ができたかもしれんぞ?


「……最期に聞く声が、あの男の幻聴とか……どんな嫌がらせだ」


 自嘲するしか、もう稀人にできることはない。


 その時――。


 空に、亀裂が走った。


 ガラスが割れるように砕けた天空の穴の向こう、虹色の海から3つの光が飛び出す。

 1つは大型の赤い重戦闘機、もう1つは2本の回転衝角ドリルを備えた黒い重戦車。最後の1つは青い重装甲列車だ。


「ETOだ!」


 タイガが歓声を上げた。

 ETO。エデンレイヤには目もくれず、エデンゲイター殲滅を目的に活動する民間軍事会社Private Military and Security Companyだ。

 今考えられる中で最上級の、そして稀人にとっては最悪の騎兵隊の名前だった。


 戦車と戦闘機が稀人の前方にいるエデンゲイターへ機銃弾をばらまく。

 数体のドローヴンが火を噴きながら大地に落ちていった。

 一方、装甲列車は稀人機のすぐ側に停車する。


 受信を許可してもいないのに、稀人の目の前に通信ウインドウが開かれた。

 狭い格子の中、チューリップハットを被った老年の男がニヤニヤ顔を浮かべる。


『久しぶりだな。おまえが我々の元を飛び出してから3年……いや、4年ぶりだったか。自分1人の力で生きてやると息巻いていたが、どうだ、生きられそうか?』

「当てつけのつもりか、父さん……!」


 チューリップハットの男は、稀人の父、衛戸申造しんぞうであった。


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