守護天使(1)


 大型エデンゲイター襲来と稀人の留守が重なった不運を、未沙は幸運とさえ感じていた。


 このところ従順に振舞っていたおかげで、2Cコクピットへのアクセス権は奪われていない。

 彼女は主を待つ2Cのコクピットに己を転送した。

 問題はここからだ。


『お義姉さん!?』


 未沙が2Cに乗り込んだことはすぐにわかる。

 早速、管制を担当する琴巳が戸惑いの声をあげた。


『どうしたの?』

『お義母様、お義姉さんが2Cのコクピットに……』

『何をしているの、未沙!?』


「稀人がいないんでしょう」

『すぐに戻ってきます』

「どうだか。あの子のことだから、これ幸いとサポタージュを決め込むでしょうよ」

『そんなことは……』


 否定する美奈羽だが、歯切れは悪かった。

 子供の頃からあれこれ嘘をついて訓練をすっぽかしてきた実績が、稀人にはある。


『だからって、あなたは妊婦なのよ、わかって?』

「悪阻のピークは過ぎたわ」

『だからって――』

「時間がないんでしょう!?」


 未沙は母親を怒鳴りつける。


「散々、こいつに乗せるための芸を仕込まれ続けてきたってのに、いざお役目が来たと思ったら梯子を外されるなんて冗談じゃないわ! こうしている間にもエデンゲイターは前に進んでるのよ!? 訓練で、迅速な判断を要求してきたのは母さん達じゃない!?」

『行かせてやれ』


 ぶっきらぼうな父の声。未沙は笑みを深くした。

 流石父さん、話がわかる。


 わからないのはカバリオだ。

 『正気ですか!』と珍しく怒りを露わに申造へと詰め寄る。

 何故彼がこうも興奮しているのか未沙にはわからない。

 夫であるなら妻の背中を押してくれたっていいのに。


 だが、未沙が申造とカバリオの言い争いに意識を割く必要はなかった。

 2Cの転送プロセスが実行されたからだ。

 一瞬の間、世界が停止したような感覚を体験したのち、2Cの外部モニターに映る光景が格納庫から海へと変わる。


「……海?」


 2Cは海中に没した。そのまま海底まで沈降。


 事前情報では、敵が現れたのはF70サーバータウン近く。

 周辺環境は特徴のない平野で固定されていたはずだが。


「エデンゲイターが環境を書き換えたのね」


 上空から見ると、都市部と海の写真をハサミで切り取って雑に繋げたような風景が広がっていた。

 砂浜も波打ち際もなく、陸地の一歩先が海の真っ只中になっている。

 そして海の占める割合は、刻一刻と増殖していた。

 敵はサーバータウンを水の底に沈めるつもりらしい。


「うわ、マジで来たよ、未沙姉」


 狗宇矢の呆れたような声が聞こえる。

 2A、2Bは既に出撃済みで、2Aは上空、2Bは陸地ギリギリでドローヴンと戦っていた。

 問題の大型エデンゲイターは沖の向こうで戦況をうかがっている。


「各機に告ぐ。合体を行う。2Cを中心にフォーメーションを組む」


 ドローヴン相手なら分離している方が戦いやすい。

 そういうセオリーを無視して辰刀が合体を急ぐのは、もちろん身重の未沙を案じてのことだが、そんな気遣いはむしろ未沙の神経を逆撫でした。

 

「あたしへの気遣いは無用よ、辰刀」

「しかし姉さん――」

「余計なお世話なのよ」


 未沙は冷たく言い放った。

 これくらいはっきり言わないと、男どもは理解しない。だから未沙はいつも苛烈なまでにキツい言い方を強いられる。

 なのにいつでもヒステリーだとか、心のない人間だとか悪く言われるのは未沙の方だ。

 自分こそ被害者だと未沙は思う。


「いつも通り、大型が前に出るまで各自の判断で対応しましょう」

「しかし姉さん」

「たまには長子の言うことを聞いたらどうなの、辰刀?」


 いつも聞いてるはずなんだが、と辰刀はぼやいたが、未沙は無視して2Cを前進させる。

 2Cは装甲列車の形をしているが、装甲列車そのものではない。

 レールのない場所や海の中でも問題なく活動できる。

 仮想レールを構築することで空中を移動することも可能だ。


 それは戦車である2Bも同じだった。

 ヒトの形をしていないだけで、TRRもマルスウェア同様の全領域対応兵器である。


 ザコには目もくれず、戦場を迂回するようなコースで装甲列車は大型エデンゲイターに向かう。

 紺碧1色で塗られた外装が功を奏したのか、水中にさえ存在するドローヴン達は2Cに気づかない。


「……こちら未沙。大型エデンゲイターを観測」


 未沙はカメラが捉えた敵の姿を本部に送信する。


 『でんでん太鼓』を未沙は連想した。大型エデンゲイターの外観は、それに近い。

 より詳細に述べれば、T字型をした円柱の横棒先端に、ワイヤーか何か紐状のもので巨大な鉄球が左右に2つぶら下がった巨大なオブジェだ。

 縦棒の長さは80メートルにも達する。鉄球の直径は20メートルを超えるだろう。

 そういうものが海上に浮かんでいた。


『目標をBEIL-05と呼称する』


 名前などどうでもいい、と未沙は思った。

 このまま仮想レールを使って海上に踊り出、至近距離で2Cの主砲を撃ち込めば、それで終わりだ。

 2C単騎で大型エデンゲイターを撃破すれば、父も、そして兄弟達も、未沙の優秀性を認め、彼女という人材が出産などによって失われるのは人類にとって大きな損失だと理解するはずだ。


 稀人などが自分の代わりになるはずがない。


「仮想レール、展開!」


 2Cの現在地点から海上に向かってレールが伸びる。

 レールはBEIL-05をぐるっと1周するかのようにカーブ。

 その軌跡を2Cが驀進ばくしんする。


 だが。


 身体に上向きの慣性がかかった瞬間、未沙は胃の中のものを吐き出していた。

 弾みで操縦桿に無駄な力が加わる。仮想レールから脱輪した2Cが海中に没していく。


(あたしの身体なのに……! あたしの都合で動きなさいよ……!)


 しかしもはや未沙には嘔吐感をこらえながらシートでじっとしている以外の行動は取れなかった。


 ドローヴンが、2Cに迫る。


 きゃあ、と叫び声が聞こえた気がした。

 自分があげたにしては可愛い声だ、と目を走らせた未沙は、背後の非常用補助座席に見知らぬ少女が忍び込んでいるのを発見した。


「……あなた……、もしかしてヒースヒェンとかいう?」

「は、はい」


 実際の肉体とアバター姿に大きく差異があるが、稀人の連れてきた少女だった。

 なんでこんなところに、と未沙は舌打ちする。

 ああ、これだから子供は好きになれない。



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