未沙、特攻(6)


 ネネコの話が本当ならば、つまり、稀人はエデンレイヤ人の子孫ということになる。

 思わず稀人は己の腕に視線を落とす。


 物理肉体と寸毫すんごうも見劣りのしない、確かな質感を持った腕。

 目を凝らせばその薄い皮膚の下を走る青黒い静脈のラインまで見てとれる。


 その中を流れる血潮が赤いことは過去の経験から確認済み。

 傷の治りが早いとか、運動能力が人並み外れて高いということもない。

 マルスウェアの操縦技術の高さは幼少期からの訓練の賜物であって、生来的なものは関係ないはずだ。


 自分が厳密には人類ではない、ということを実証する要素はこれといって思い当たらない。


「御長い御歴史の中では、御純血を御保つのも、御知識を御受け継ぎになるのも御至難を御極めました。ですから衛戸家にも原人類の血はかなり御混ざっていらっしゃいますし、一時期は御伝承も御途絶えになっておりました」


 それを甦らせたのが旦那様で御座います、とネネコは言った。


「旦那様は、御古文書などから御一族の御ルーツ、そして御先祖の御遺しになった御技術を御発見なさいました。TRRはその1つで御座います」

「…………」

「そもそも御先祖はTRRなどを何故御遺されたのか。それは、いつか御遠い御未来、人類がエデンレイヤに御進出し、御自分達を御追放した存在、つまりエデンゲイターと戦うことになると御予見されたからです」


 稀人は黙って聞くしかない。反論する前に、聞かされた内容を理解するので精一杯だ。


「先程稀人御坊ちゃまは、『戦う理由がない』と仰いましたね」

「あ、ああ……」

「戦う御理由なら御座います。TRRは、衛戸一族にしか御使用になることができないのです」


 いずれエデンゲイターとの戦いが始まれば、エデンレイヤ人の血を引く衛戸一族は迫害の対象になりかねない。だがTRRを独占することができていれば――。


「それもあるでしょうね。御先祖はTRRが人類同士の戦争に使用されることもまた、恐れておられたようですが」

「…………」

「衛戸一族はエデンゲイターから人類を御守りするために戦う御力を守ってきた防人さきもりの一族……人類という巨大なコンピュータにおける、セキュリティプログラムのようなものです。稀人御坊ちゃまには数少ない衛戸一族の御一員として、御戦いになる御責務があるのでは御座いませんか?」

「な、なんだよそれ、ふざけんな!」


 人間はプログラムではない。

 自分の生き方を自分で決められる、知的生物である。

 たとえ遠い先祖が自分達を何と規定しようが、そんなもの稀人には関係ない。


「しかし現状、エデンゲイターに対して御防衛力たり得るのはTRRだけです。様々な御機能と御引き替えに誰にでも御使いになれるようにしたマルスウェアでは、御力及ばぬのは御周知でしょう?」

「……じゃあ、ヒースヒェンは」

「はい。彼女がどう足掻こうと、現状TRRを動かすことはできません」


 なんてことだ、と稀人は空を見上げる。

 戦う理由と意思なら稀人よりずっとあるのに、衛戸家に生まれてこなかったがために、ヒースヒェンはTRRには乗れないのだ。


 だからか。あの優しい兄が徹底的にヒースヒェンを叩きのめしたのは。あの子が無駄な期待を抱かないようにと。

 そうであるなら、稀人のやったことの意味は変わってくる。


 ヒースヒェンの仇討ちをしてやったつもりで、彼女をより残酷な状態にしてしまった。


「う、ああああ……」


 後悔のあまり、稀人はその場にしゃがみ込んで呻き声をあげた。


「……なんで、言ってくれなかったんだよ」

「ヒースヒェン御嬢様の存在が、稀人御坊ちゃまの戦う御理由になればよいと、御判断されたからです」

「あの子の人生を俺のダシに使ったのか!?」

「そういう御捉え方は、御悲しくありませんか?」


 やはり人目を避けたのは正解だったとネネコは思う。


「TRRの操縦は御坊ちゃまにしかできません。何のために戦うか、それはいっとき御棚上げということで御戦い続けていただくわけにはまいりませんか?」


 それができないから、稀人は悩むのだ。


「俺は父さん達みたいにヒーロー気質じゃないんだ。あやふやで、自分自身に得のないことでは戦えないよ」


 ――と、ネネコの耳にあるLEDランプが明滅した。


「……御坊ちゃま、御悪いニュースで御座います。大型エデンゲイターが出現致しました」

「…………」

「……御悪いニュースがもう1つ。未沙御嬢様が2Cで発進されました」

「姉さん、まだあきらめてなかったのか!?」


 だが姉の性格を考えれば、むしろ納得の展開だと稀人は思う。


「更に御悪いニュースが御追加されました」

「いい加減、良いニュースを挟んでほしいな」

「ヒースヒェン御嬢様が、2Cに潜り込んでいたようで御座います」

「はあ!?」


 慌てて転送ステーションに駆け出す稀人は、充分にヒーロー気質だとネネコは思った。


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