俺だけの巨大ロボ(5)


『聞こえる、狗宇矢、礼亥?』


 通信ウインドウの中の母が言う。ミドルレイヤとボトムレイヤに別れても、通信回線には支障なかった。


『TRRはボトムレイヤでの使用を前提にはされていません。性能の低下が予想されます。留意して』


 ミドルレイヤでは空の上でも陸の上でも海の中でも、なんなら宇宙だって活動可能なTRRだが、物理法則の制約を大きく受ける3次元物理世界だけは苦手だった。


 整然として無駄のない電脳宇宙に比べ、物理宇宙は遥かに猥雑だ。

 まるで要領の悪いプログラマが書いたソースコードのようにスパゲティ状に絡み合って融通が利かない。情報自体も無駄が多すぎる。


 以前ボトムレイヤの東京を観光したことのある礼亥だが、その時はあまりの人混みに右にも左にも行けずすっかり立ち往生してしまった。

 ボトムレイヤを走る2Bはその時の自分に重なって見える。


「言っとくけど、周辺の建物の被害はかまってられないよ」


 狗宇矢が予防線を張る。

 ドリル戦車であるところの2Bは通常の戦車より大きい。そして新宿の街は2Bが動き回るには狭すぎる。

 動くだけでもある程度の街への被害は呑み込んでもらうしかなかった。流れ弾も。

 巨大な宇宙人ヒーローが怪獣とプロレスを行う特撮番組で、ヒーローが街を壊すことに文句をつける手合いには黙っていてもらおう。


『BEIL-07を海上へ誘導しろ』


 父の指示と同時に、マップデータに矢印が書き込まれる。

 矢印は避難所や人口密集地域を避けて緩やかなカーブを描いている。

 こんな上手く行くかよ、と狗宇矢が悪態をつく。


「……やるしかないよ、狗宇矢」


 舌打ちして、狗宇矢は2BをブルヘッドBEIL-07の右側に移動させる。

 礼亥はすかさず主砲を打ち込んだ。

 命中。ブルヘッドの右舷に小さな爆発。さしたる効果、見られず。

 しかし、敵はこちらを向いた。


「狗宇矢!」


 全速でバックする2B。さっきまでいた道路にブルヘッドのビームが降り注ぎ、アスファルトをばらまいた。

 射程外に逃げる2Bを、牛の頭部に似た大型エデンゲイターは追跡する。


「そうよ、追ってきなさい!」


 礼亥はミサイルの発射ボタンに指をかける。


『アッ……』


 刹那、通信機から漏れた小さな声が、指を止めた。


「……どうしたんです、管制室コントロール? 何かあったんですか?」





 小さな驚きの声の主は、ブルヘッドの侵攻方向を分析していたカバリオだ。

 隣で機動部隊の管理をしている琴巳が、何事かと視線だけを向ける。


「――司令官!」


 カバリオは椅子を尻ではね飛ばす勢いで立ち上がった。


「このままエデンゲイターを誘導すると、その……、ミサのいる病院が踏み潰されてしまいます!」

「作戦に変更はない」


 申造の返答は素早く、にべもなかった。


「あなたの娘ですよ!?」

「ではカバリオ君、君は未沙1人のためにそれ以上の人々を犠牲にしろと?」

「…………」


 カバリオは言葉に詰まる。申造の言うことは正しい。ETOが身内可愛さにより被害の出る戦略を取ったと知られれば、国際社会からの信頼を失ってしまう。それは誰にとっても利益を生まない話だ。

 人道面においても、全てを救うという都合のいい選択肢がないのなら、小を捨て大を取るのは打倒といえた。


 が、それで納得できるなら誰も苦労しない。


『……ここでエデンゲイターを食い止めます!』


 カバリオに手を差し伸べるように声を発したのは、意外にも礼亥だった。


『新宿周辺の避難はあらかた終わったはずでしょう? 街は壊れるけど、下手に戦場を移動するよりはこっちの方が人命損失は少ないはずです!』

「街が壊れる方がマシとは簡単に言ってくれる。未沙1人のためにわざわざ……」

『お姉ちゃん1人じゃないよ! 忘れたの? お父さんの孫で、わたしの甥か姪がいるんだよ!?』

「……狗宇矢」

『オレは礼亥に賛成だよ。オレ達は双子だからね』


 妹離れできない奴だ、と申造は忌々しげに鼻を鳴らす。





「……そういうわけだから」

「ああ」


 狗宇矢はブレーキを踏む。

 逃げるのはもうやめだ。ここで、この街で、エデンゲイターを倒す。

 とはいえ――2Bで大型エデンゲイターの相手は正直なところ、かなり不利だ。

 言い出しっぺとはいえ、礼亥の顔には不安の色が濃い。


「稀人お兄ちゃんのマークワン、まだ間に合わないのかな……?」

「期待するな、あんな奴!」


 礼亥が稀人を頼っていることに苛立ちを覚える自分を狗宇矢は自覚していた。

 ただしそれは嫉妬ではないと、彼は自分に言い聞かせる。


 狗宇矢と礼亥は双子だ。

 元々1人だったはずの命が男と女に分かれて産まれてきた。

 それはきっと特別なことで、だから狗宇矢は礼亥と一緒にいなければならないし、誰であろうとその間に入ってくる者がいてはならないのだ。それは自然の摂理に反することである。


「稀兄が来るのを待つまでもない。オレ達で片付けよう、礼亥!」

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