俺だけの巨大ロボ(1)


 人類がエデンレイヤと呼ぶその宇宙。

 その本質は物理宇宙よりも電脳宇宙に近い。

 容量という言葉など無実化する無限の空間には、無量大数のデータが星屑のように無数に、しかして整然と漂っている。


 そのひとつひとつが、人類にとっては垂涎必至の神の叡智だ。

 人間という生き物がその獣性を克服できなくとも、これらがあれば知的生物として何一つ恥じることのない幸福な生活と永劫の繁栄が約束されるかもしれない。


 だがその中を飛ぶアルムヌスには、その叡智を自らのために利用するという発想はない。

 この宇宙にはやがてしかるべき存在が移住する。ここにある全ての知識は彼等のために使われるものだ。自分達のものではない。

 そういう戒律の下にアルムヌスは生きていて、今までそれを破ったことは一度もなかった。


 エデンレイヤの空を飛ぶアルムヌスは、やがて目指すものを見つけた。


「――母上」


 それは女神の姿を象った灯台、そういうアバターをとっていた。

 アルムヌスをはじめ、全てのエデンゲイターを生みだしたマスタープログラム。

 名をベルメールといった。


 アルムヌスはベルメールの手前に着地すると、直立不動の姿勢をとる。


「戦闘の報告を申し上げます、母上」


 アルムヌスの身体から、金色の光が妖精のごとく飛び立ち、軽やかに宙を舞いながらベルメールの胴体に吸い込まれていった。

 戦闘中に記録、そして採取した全データを圧縮、送信したのだ。

 アルムヌスの主観から得られた情報もあれば、生還したドローヴンの主観情報もある。

 それらを統合し、ベルメールは自分が体験した出来事のように戦闘の一部始終を知ることができた。


「アルムヌスや。今回の戦闘における重大事を、あなたの口からまとめてみせなさい」

「……我々は敵ヘルヴィルスの捕獲を試みましたが、失敗しました」

「それだけではないでしょう」

「母上にはかないませぬな」


 アルムヌスは溜息をついた。

 彼の精神状態にかかった負荷ストレスの存在など、ベルメールには手に取るようにわかる。


地球カオスヘイムの住人と会話をしました」

「どうでしたか」

「見下げ果てた男です」


 鼻息をならすアルムヌス。


「誰も愛さず、誰も信じない、そういうつまらない相手でした。やはりカオスヘイムの人間は、選ばれた民たりえぬと確信いたしました」

「一個人を見て、全体を知ったような気になるのは早計というものですよ、アルムヌス」

「…………!」


 ベルメールの言葉にはっとしたアルムヌスは、うやうやしく膝を折った。


「……申し訳ありません、母上。私としたことが、つい愚考を……」

「そんなに、してやられたのが悔しいのですか」

「悔しい……。そうですね、その通りです」


 話をしよう、とあのカオスヘイム人――衛戸稀人――は言った。

 そしてその提案自体は妥当だと、アルムヌスは思ったのだ。


 エデンゲイター、いやヘルヴィームとしての戒律を今まで破ったことはない。

 だが、疑ったことは幾度かある。

 『選ばれし民』でないものがこの宇宙に眠る知識の果実を食い荒らすことがないよう見張り、もしそんな事態が起きたならば彼等の世界まで追いかけて、その文明の全てを根絶やしにする。

 もちろん、アルムヌス達がその知恵の恩恵に与ることがあってもいけない。


 そんな徹底した防衛機構セキュリティとしての生き方は、本当に正しいのか。

 何も絶滅させなくてもいいのではないか。

 他の生き方を選ぶことはできないのか。

 自分達が知恵の恩恵に与るのも、少しくらいあってもいいのではないか。


 正しい資質こそないが、自分達から叡智の火をかすめ取るだけの小賢しさを持つあの種族との対話で、その答えのヒントになるものを見つけ出せるのではないかと、アルムヌスは思ったのだ。


 しかしそれは裏切られた。

 おかげで、さっき母にいさめられるまで、アルムヌスの脳内は地球人類カオスヘイマー滅すべしという暗い情念に支配される羽目になったのだ。

 あのような男に自分の心がかき乱されていた事実に、アルムヌスは歯噛みする。


「しかし、もう大丈夫です、母上。葉を見て木を語るは愚かにして、一個人の咎は全体の咎に非ず……。不肖、心洗われました」


 だが、そこでアルムヌスは気づく。


「ならば、このエンピレオヘルムを踏み荒らした罪人がいても、相手の種族全体まで滅ぼすべきではないのでは……?」

「彼が奪った知識は、もはや彼の住む世界全体に拡散してしまいました。そうなった以上、全て滅ぼす以外にありません」

「御意」

「……油断してはなりませんよ」


 ベルメールは前任者のことをいっているのだと、アルムヌスは察した。

 彼の前にカオスヘイムへ襲撃をかけた行動隊長は消息不明になっている。

 おそらく敗れたのだろう。


「ご心配なく。私は同じ轍は踏みませぬ」

「心強い返事であることよ」


 ベルメールは笑った、ような声を出したが、その一方で脅しをかけるのを忘れない。


「これ以上長引くようなら、次の行動隊長を製作せねばならないところでした」


 それは今の行動隊長――アルムヌスを破棄すると言っているに等しい。

 アルムヌスは居住まいを正した。


「いい加減この案件に終止符を打ちなさい」


 わかりました母上、必ずや――。

 アルムヌスは逃げるようにベルメールの前から飛び去った。


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