未沙、特攻(4)
久しぶりに、稀人はミドルレイヤのサーバータウンに降り立った。
「うわっ」
転送ステーションを出た途端に、鮮やかな色彩がETO本部のモノトーンに慣れた稀人の目を襲った。
ピンク色の巻き毛をしたお姫様といったアバターのヒースヒェンは、稀人の服の裾を掴んで不安そうにキョロキョロと周囲を見回す。
その街は、ビルも道路も、色とりどりのレンガでできていた。
仄暖かい人工的な空気が稀人の頬を撫でる。
ステーションを1歩出た途端、「ようこそブリック・タウンへ」という
見せる側の都合を押しつけるばかりで、見せられる側の都合を考えない
放っておくと勝手に市内観光まで始めるので、稀人は急いで×ボタンを押して強制終了させた。
「本当に終了しますか?」としつこく問いかけてくる。鬱陶しさを通り越して殺意すら抱く。
隣ではヒースヒェンが稀人と同様、しかめっ面で指を動かしていた。
だいたいの人間は迷惑がっているし批判もあるのに、こういう演出はなくなるどころか広がっているのが現実だった。何故誰も自粛しようとしないのだろう。
「どいつもこいつも自分勝手なのに、なんで俺が自分の都合を押し通すと邪魔してくるんだ……?」
「何か言いましたか?」
「別に」
サーバータウンはミドルレイヤにおける人類の領地である。
その様相は場所によって様々だ。
場所によっては都会的なビル街や、SF小説に出てきそうな宇宙都市、ファンタジー小説に出てきそうな王宮のような佇まいのサーバータウンも存在する。
だがどんな場所でも必ず1つの共通点があった。
それは、高層ビルにせよ軌道エレベーターにせよ天守閣にせよ、中央にエリア内で最も高い構造物が存在することだ。
環境構築プログラムを発生させるゾーンタワーである。
電宙船が使う環境プログラムは一定時間しか展開していられないが、ゾーンタワーは根元にある発電ユニットにより恒常的に人間の活動可能な環境を生成し維持し続けている。
「はぐれるなよ、ヒースヒェン」
大通りには、レンガよりもカラフルなアバターを備えた人々でごった返していた。
「ヒースは、こんな人の多いタウンは初めてです」
サーバータウンは最初に人類が築いたセントラルタウンから離れるごとに人口規模が小さくなっていく。
彼女が家族と暮らしていたのは人類居住権の外縁部、ゾーンタワーが建てられたばかりの開拓村的な場所だったらしい。
「都会のタウンはもっと人が多いよ。……シーサイドブリッジにでも行くか」
ここに来たのは、気分転換のためである。
完全に行き詰まったリデザイン作業。綺麗な景色を見れば、何か新しい着想が浮かぶのではないかという、根拠のない期待があった。
ヒースヒェンを連れてきたのは気まぐれというか、外の世界に触れた方が彼女の復讐心を紛らわせられると考えたからである。
なんだかんだ言って、年端もいかない子供が殺気立っているのは見ていて気分のいいものではない。
「スポット、使わないですか?」
歩き始めた稀人に、ヒースヒェンが問いかけた。
街の各所にある公衆電話ボックスじみた外観のハイパーリンクスポットを使えば、ほぼ一瞬で街のあちこちに移動できる。
「こういうときは、目的地までの道中も楽しむものなんだよ」
「時間の無駄ではないですか?」
「……おまえも衛戸家の思想が染みつきはじめたな」
ヒースヒェンは不満そうにしている。
そんな時間があるのなら、操縦方法を教えてくれと言いたいのが丸わかりだった。
稀人は視覚情報にルートナビを追加。視界の右隅に簡単な地図が表示され、目的地までの道筋を赤線で示してくれる。
「ほら、あのサイケデリックな公園がキンダー庭園だよ。こないだ観た映画に出てた」
「わーすごーい」
観光名物が近づく度に、お節介なルートナビ・アプリが観光情報をポップアップ表示する。
普段は目障りにしか感じないそれを、ヘソを曲げた少女をあやすために稀人は精一杯活用した。
もっとも、効果はなかったが。
「見てごらんヒースヒェン、6階建てバスだよ」
「見ました」
「あの大道芸人、すごいね」
「見ました」
「海があんなにも綺麗だ」
「…………」
「……そんなに、仇討ちがしたいの」
「おかしいですか?」
やや食い気味に、ヒースヒェンが食らいつく。
「大切な家族を殺されて、仇を討とうと思うことが、不思議ですか?」
そういうところだぞ、と稀人は思う。
衛戸家の面々は、実態はどうあれ正義の味方志向だ。個人の感情で動くことを良しとしない。だから誰も、ヒースヒェンをパイロットにしたがらない。
嘘でも『私と同じ苦しみを味わう人を増やさないために』くらいに言っておけばいいのに、変なところでヒースヒェンは生真面目で、頑固だ。
「仇を討ちたくなるような家族がいないからわからないな。むしろ2度と危険な場所には近づきたくないって思うのが、普通だと思うけど」
「……おにーさんは人の心がわからないんですね!」
ぷう、とほっぺたを膨らませてそっぽを向くヒースヒェン。
勝手にしてくれ。稀人は匙を投げた。
そうしている間に目的の場所が見えてくる。
街を貫く1級河川が海と合流する、その境界にある深い渓谷に架けられた木製の大吊り橋。
大の男が4列になってもまだ通れそうなくらいの幅がある。
橋はしっかりとワイヤーで固定され、上でダンス大会が行われても小揺るぎもしなさそうだ。
潮の臭いを付与された気流が流れる橋の上からは、一面の青が一望できた。
シーサイドブリッジ。このタウンの観光名所の1つだ。
「……こんなもの、プログラムでこしらえた紛い物でしょう」
「ピラミッドも万里の長城も、ピカソもゴッホも人の手が作ったものだ。物理的なものはよくて電子情報なら偽物だなんて、ミートンの発想だよ」
「あんなアナクロな人達と一緒にしないでください」
「一緒にされるようなことを言うからだ。拗ねる気持ちはわかるけどさ」
橋桁から下を覗き込むと、水面までは予想以上の高さがあった。
落ちれば転送を試みる間もなく電子の塵に還れるだろう。
そこから視線を彼方に向ければ、どこまでも続くような――実際は数十キロ沖からはあの虹色の空間が広がっている――碧い海が広がる。
腕に伝わる欄干の感触をオフにすれば、まるで宙に浮いているような気分になれた。
稀人の実際のところ貧弱な表現力では言い表せないが、美しい景色であった。
同じ海をプログラミングしても、稀人ではこうも実在感あるCGは構築できないだろう。
この景色を描き出したグラフィッカーは、海の優しさと残酷さ、その双方を噛みしめてきたに違いないと稀人は思う。
まあ、それはよかったのだが。
結局マークワンのデザインに関して、新しいインスピレーションが沸いてくるようなことはなかった。残念ながら。
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