天の獄卒、地に立つ守護神(6)
イナバの消えた場所で、稀人は装甲列車から降りた。
通信ウインドウから父の咎める声が響いたが、無視する。
稀人は固い大地を蹴りながら、その場所へ進んだ。
もしかしたらイナバのアバターがその辺に倒れているとか、形見の品が転がっているという淡い期待は見事に打ち砕かれた。
焼け跡すらない荒野を前に、稀人はただ立ちすくむ。
マンモスの時とは違う。ドローヴンが行ったのは『
涙腺が熱を帯びていく。
ミドルレイヤ上のアバターになっても、人は泣く。目の前に何かが飛び出せば意識せずとも目をつぶるように、涙を流すためのプログラムは人間の意思よりも早く実行されるものだからだ。
「……おにーちゃん」
いつの間にか、ヒースヒェンが後ろに立っていた。
正直な話、鬱陶しいと思う。じっとしていればいいのに。
幼い子供の前に立たされれば、大人の仮面を被るしかないではないか。
「……いい奴だったんだ。最初に君を助けようと言い出した」
「うん……」
気の利いた弔辞は出て来なかった。やはり自分に詩才はない、と稀人は思う。
彼はすごすごと2Cのコクピットに引き返した。ヒースヒェンも後に続く。
『何をしている稀人。2A、2Bと合流しろ!』
2Aとは戦闘機、2Bはドリル戦車のことである。
見れば、その2機はドローヴンが小鳥のように思える程の巨大なエデンゲイターと交戦中だ。
モニターに映るそれは、ガラス製の黒い
大きさは80メートルを超えるだろう。どんな巨人に使わせるつもりなのか、天辺には取っ手に似た構造物がある。
『目標のコードネームを
BEIL-03と名付けられた大型エデンゲイターは、こちらに口を向けて接近してきた。
覚えづらいわ、と稀人は口の中で文句を言う。
この先、何体も大型エデンゲイターが現われることになったら、どれが何だったか区別がつかなくなること請け合いである。
(俺が名付けるなら……『ジャークポット』かな)
邪悪そうなポットだからジャークポット。ポーカーのジャックポットと――意味もなく――かけてある。
形式番号とどっちがマシかは議論の分かれるところだが、少なくとも稀人は己のセンスに絶対の自信を抱いた。
『稀人、合体だ』
2A、2B、2Cは連結して1体の大型マルスウェアになるよう設計されている。
3機分のエンジンを直結させ、数的優位を引き替えに質的優位を得るのが狙いだ。
「だいたいわかった、いつでもどうぞ」
とはいっても、稀人がやることと言えばOKボタンを押すだけだった。
装甲列車が中央から2つに折れ、両端を天に向ける。
裏返ったドリル戦車は横に広がり、「コ」の字型になった。
それぞれヒトの下半身と上半身に変わった2Cと2Bが連結し、その上から2Aが折れ曲がりながら被さる。
体感的には一瞬の出来事だ。マルスウェアの発艦と同様、現実のロボットの合体はアニメのようにもったいぶったものでも、心躍るものでもなかった。
幼児が積み木で作ったような50メートル級マルスウェアが大地に立つ。
分離時の各機体が乱雑に色分けされているせいで、余計にブロック玩具の印象が強い。
稀人からすればデザイナーを殴りたくなるほど不格好に見える。
「『
2Aのパイロットが大型マルスウェアの名を叫ぶのを、稀人は冷ややかに聞く。
実用性重視で見た目には拘らない、固有名詞よりも番号の方が覚えやすい――ETOにはそういう人間ばかり集まっている。
本質的に自分とは相容れない存在だ。
「……稀人」
2Aのパイロット――マークツーのメインパイロットになる人物が通信回線を開いてきた。
真面目そうな青年の顔が稀人を見つめる。
「積もる話はあるが、全てはBEIL-03を倒してからだ」
「話すことなんかないよ」
目を逸らし、稀人は冷たく言い放つ。自分の中にわき上がる、形容しがたい感情のざわめきを押さえつけるように。
「さっさと帰りたいんだ。早く片付けてくれ――兄さん」
「……わかった。計器の監視を頼む」
「了解」
巨大マルスウェアが力強く一歩を踏み出す。
足音――歩行確認の効果音がコクピットに響く。
稀人曰くジャークポットは大きく身体を傾けた。その中に入っていた液体が、大地に降り注ぐ。
「あれは……!?」
液体の落ちた地点を中心に墨汁のような闇が広がる。
ジャークポットの黒い体色は、ガラスの甕に入った液体によるものだった。
『敵はこの空間ごと、我々をデリートするつもりです。早急に対処を!』
女性の声が通信機から流れる。母の声だと、稀人にはわかった。
「
2Aパイロットの音声入力。
両腕を前方に突き出したマークツー、その肘から先が外れた。
そのまま地に落ちるかと思われた両腕が、後部から炎を上げて敵へ直進。
ジャークポットの口を押し上げ、液体の流出を防ぐ。
「
マークツーの胸部が展開し、内蔵されていた光線砲が展開する。
そこから放たれた光の奔流がジャークポットの内部に命中、炙り、融解し、そして貫いた。
呆気ない幕切れだ。流れ作業を片付けるような。
『見たか、稀人。これがETOの力だ』
父が自慢する気持ちは、稀人にもわかる。
もしこれがただのマルスウェアであればこうはいかなかった。
ジャークポットよりずっと小さいドローヴンでさえ手こずっていたくらいだ。あの船にあった全機が束になってかかったとしても、為す術なくエリアごと消滅させられるだけだったのは明らかだった。
稀人の技量がいくら優れていたとしても、大型エデンゲイターとマルスウェアでは埋めることのできない溝がある。
『今いる場所で、おまえ1人の力でどれほどのことができる? 何が守れる?』
稀人の目は無意識に、イナバの死んだ場所に向いていた。
『何も為せず何も得られず、電子の粒に還るのがおまえの望みか?』
「…………」
『帰ってこい、稀人』
ジャークポットの爆発四散する光が、コクピットを照らした。
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