未沙、特攻(2)


 稀人がシミュレーションルームを出ると、ヒースヒェンが駆け寄ってきた。


「すごいですね、おにーさん! 未沙さんに勝っちゃいましたね!」


 ヒースヒェンはさとい子だ。棍藤やネネコの手伝いをして点数を稼いでみたり、礼亥や琴巳といった子供に甘そうな相手にじゃれついてみたりと、ETO内で自分の居場所を確立しようと必死である。


 そして稀人に対しても、彼女は営業活動に余念がなかった。


「姉さんが弱くなっただけだよ」

「ヒースにも、TRRの操縦、教えてほしーです! おにーさんみたいになりたいです!」

「俺みたいになりたいんじゃなくて……、親の仇を討ちたい、だろ」

「…………」


 ヒースヒェンが自分達に懐く魂胆を見抜いている稀人には、大人の考える子供を装ってゴマをすりに来る彼女の姿は酷く痛々しいものにしか映らない。


 いくら彼女が頑張っても、それが報われるとは稀人には思えない。

 両親が我が子をパイロットにしたのは自分の子供だという気安さがあったからで、他人の子供にまで同じように扱うほど2人は狂っていなかった――いないはずだ。


「……おにーさんも駄目だって言いますか? 復讐は無意味とか、何も生まないとか……」

「いや」


 稀人は個人主義者を自認している。兄のように親に洗脳されたならともかく、自分で決めた選択ならそれは尊重されるべきだと思う。たとえそれが分別のつかない子供でも、分別のつかないなりに考えての行動なら、自分が口を挟むことではない。


 他人に強いられて死にに行くのは許せないが、自分の意思で崖下に飛び降りるなら好きにすればいい、というのが稀人の判断だ。

 

「まあ、教えないけどな」

「どうしてですか?」


 稀人は平手を突きだし、指を1本1本曲げながら説明してやった。


「まず面倒臭い。次に、おまえに協力するメリットがない。そして面倒臭い。それに俺自身、ここを早く出ていきたい。それから面倒臭い」

「『面倒臭い』3回くらい言いました! それにメリットならあります。ヒースが操縦できるようになれば、おにーさんは晴れて用済みで、ここから出ていけます」

「まだあった。『おまえが死ぬのは勝手だが、俺がその死刑執行人になるのはごめんだ』」

「ヒースは死にません!」

「死なないって言えば死なずに済むなら誰も苦労しない」


 ヒースは下を向いてふてくされる。

 明るく天真爛漫な、『大人が期待する無邪気な子供』を演じられるよりは、むしろこっちの方が稀人は安心できた。


「だいたい父さんも母さんも地球防衛以外のことをおろそかにしすぎなんだ。いつまでもヒースヒェンをほったらかしにしてさ。学校とかどうするつもりなんだ」


 両親には期待できない。棍藤に話をつけた方がいいだろう。

 稀人は手首を持ち上げる。ETOの一員として渡された腕輪には通信機能があった。


「棍藤か。俺だ、稀人だ。現在絶賛棚どころか雲の上にまで放り上げられてるヒースヒェンの身元引き受けの件についてなんだが」

『遂にご決断なさいましたか、稀人様』

「は?」

『いや、いつそう言っていただけるのかと――』

「待ってくれ、何の話だ?」

『ヒースヒェンお嬢様を、稀人様がお引き取りになるという話でございましょう?』

「違う!」


 くい、と服の裾が引っ張られた。

 稀人を上目遣いに見上げたヒースヒェンがはにかむ。


「……これからは、おとーさんって呼んだ方がいいですか?」

「絶対に嫌だッ!」

『書類上は旦那様が引き取るということに致しますのでなんら問題はありません、御安心を』

「問題があった方が安心できたぞ」

『下手に金と心に余裕のない施設に飛ばされると悲惨ですぞ。その点、ここは衣食住は完備しておりますし』

「軍事機密はどうした。内部情報リークされても知らんぞ」


 俺が心配することじゃないが、と稀人は付け加える。


斯様かような子供に何ができましょうか』

「あの子はさかしいよ」


 誉められたと思ったヒースヒェンが嬉しそうに微笑むのが癪に障ったので、稀人はすぐさま「したたかで、ずる賢い」と訂正した。


『打たれ弱くて愚鈍な稀人様とは大違いですな、ハッハッハ』

「棍藤、執事として雇い主の息子にその言葉はどうなんだ?」

『稀人様は海よりも心の広い方と存じ上げております』

「それより、学校はどうするんだ」

『稀人様は浪人生ですから構わないでしょう』

「ヒースヒェンのだ」

『通信教材の手配は既に済んでおります』


 今どき、全日通学制校が主流なのは日本くらいでございますよ、と棍藤は言った。


「通信制か。それで友達とか作れるのか?」

「ミドルレイヤに行けば世界中の人間と友達になれます。おにーさんの世代は学校の中にいる人としか遊んだことがないのですよね? それはすごく閉じていて病的な人間関係だと、ヒースは思います」

「わかった、わかった」


 降参だ、と稀人は両手を挙げる。なんだか自分の生育史がひどく間違ったものに思えてきた。


『では、ヒースヒェン様のことは稀人様にお任せ致します』

「そっちにわかったとは言ってないぞ!」


 しかし、通信回線は無情にもシャットアウトされていた。

 ツー、ツー、という信号音だけが虚しく流れる。


「よろしくお願いします、おにーさん」

「……この家に俺の味方はいないのか……」


 また、なし崩しでいいように扱われてしまった。

 稀人はうずくまって孤独に耐えた。



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