天の獄卒、地に立つ守護神(5)


『環境改変と封鎖が行われたということは、奥に大型エデンゲイターがいる』


 通信ウインドウの中から、聞かれてもいないことを父が言う。

 稀人はつとめて興味なさそうに返した。


「それが?」

『倒すためにはを使うほかないだろうな』

「使えばいい」

『しかしあいにく、2Cには乗り手がおらんのだ』


 2Cとはこの装甲列車のことだ。どうやら無人操縦らしい。


 エデンゲイターと戦う機械は、人間が最終的な操作権限を有していなければならないという制約があった。人間が作り出せる程度のAIでは、エデンゲイターは戦闘するまでもなく乗っ取ってしまえるからだ。

 彼等には異質な存在である『人間』をシステムの制御系に組み込むことでしか、人類はエデンゲイターの高次元ハッキングへの対策を持っていない。


『マークツーが使えないのでは、今すぐ引き返すしかない』

「……まさか俺に、あれに乗り込めとか言うんじゃないだろうな?」


 無音で開いた2Cの搭乗口と、強制的に受信させられたコクピットへのアクセスパスワードが返答の代わりだった。


『さっさと乗り込め。でないと3号機が乗っ取られる』

「…………」

『それとも、これ以上駄々をこねて、周りの人間を見殺しにするか?』

「おい、どうしたんだ、稀人!? おまえ、ETOとどういう関係が……」

「……タイガ、俺の機体のアカウントを渡す。俺の機体を預けた」

「おい!?」


 状況を呑み込めないでいるタイガを余所に、稀人はパスワードを入力。

 光の灯った2Cのコンソールが、ステータスウインドウを広げて稀人を待っていた。


「これがETOのマシンの中?」


 背後からの声に驚いて振り返る。ピンク色の髪をした少女がそこにいた。


「おまえ、ついてきたのか……?」


 ヒースヒェンまで来たのは想定外だったが、わざわざ送り返す時間が惜しい。

 マルスウェアとは比較にならないほど広いコクピットには、こういうときのためか、後方に非常用座席が備え付けられていた。そこに座るよう少女に指示し、稀人はコンソールに向き直る。


(結局、ここに帰ってきてしまった)


 あれだけ嫌だったのに。

 もう戻るまいと決めたのに。


 父は今、さぞや満足そうな顔をしていることだろう。

 それを思うと腸が煮えくりかえりそうだった。自分が鶏であれば、固ゆで卵をひり出しているに違いないと稀人は思う。


(……違う、俺は命惜しさに屈したわけでも、個人主義を捨てたわけでもない!)


 マニュアルを流し読む。基本操作と最低限の武装を把握。

 手早く各ウインドウの位置を調整。


「――TRR-2C、発進」


 ギアを動かすと、蒸気機関車のそれに似た動輪が力強く回転しはじめた。

 2Cは赤に酔った猛牛の如くに敵の群れの中へ突進していく。


 その接近に気づいたドローヴンが進行方向に立ち塞がり、触手をもたげる。

 稀人は構わず、むしろ装甲列車を加速させた。


 降り注ぐ光弾の雨。しかし2Cは止まらない。

 爆発の中を猛然と突き進み、前方にいたドローヴンを撥ね飛ばす。

 装甲列車の体当たりを受けたドローヴンはおはじきのように弾き飛ばされ、大地に叩きつけられて四散。2Cには傷1つない。


「見ていろヒースヒェン、今からおまえの親父さんの仇を討ってやる!」


 稀人は列車の屋根に備え付けられた無反動キャノン砲を発射する。

 一撃で、ドローヴンが2体まとめて貫かれる。

 マルスウェアとは一線を画する攻撃力だった。


「そうだ、イナバは……!?」


 稀人はイナバの白い機体トゥリトスを探す。


「いたっ!」


 ドローヴンが舞う中、膝をつくトゥリトスが視界に入る。

 右手は欠損。装甲のあちこちが欠け、露出した内部機構からスパークが散っていた。


「イナバ!」

「その声は、マレト……? なんでそんなのに……、いや、タイガとあの子は?」

「……大丈夫だ。安全なところにいる」

「そう――よかった――」


 ほっと息をつくと同時に、イナバは機体ごと電子の塵となって風に散った。


 それが無機物だったか有機物だったかは問わず、破壊されたデータは空き容量としてミドルレイヤの大気に還る。

 別れを惜しむ猶予もない。美しくも無情な拡散――これが電脳宇宙での死だ。


「…………」


 稀人はミサイルランチャーを起動する。ひどく冷静な気持ちだった。

 視界に入るドローヴンを片っ端からロックオンしていく。


「……イナバの、仇ィィィ――!」


 装甲列車の側面ハッチから撃ち出された無数のミサイルが、白い尾を曳きながらドローヴン達へと躍りかかった。



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