俺だけの巨大ロボ(7)


 稀人は廊下でカバリオと出くわした。

 大きな鞄を携えた彼は、旅行にでも行くようだ。

 しかしそうでないことを稀人は知っている。

 帰ってこない旅立ちを、旅行とはいわない。


「……やっぱり、出て行くんですか」

「うん。無理矢理連れ戻された君からすれば、勝手に思えるかもしれないけど……」

「いいえ……仕方ないと思いますよ」


 姉は、未沙は死んだ。

 エデンゲイターとは関係ない。分娩時の出血による死亡だ。

 出産時に妊婦が死ぬ確率は年々減少の一途を辿ってはいたが、ゼロではない。

 そして、生まれてくる前に赤ん坊が死ぬことも、また。


「……ボクの守りたい世界は、もうないんだ」


 窓の外を見て、カバリオは弱々しい声で言った。

 差し込む光が彼の顔に深い陰影を創り出している。

 義兄はこんなにも年上だっただろうかと、稀人は思う。


 カバリオが戦う意欲を失ったのは、愛する妻と愛するはずだった我が子を1度に失ったからだけではない。

 むしろ本来の彼は、誰かの・・・愛する者のために戦える男だ。たとえ自分にそれがなくとも。

 しかしだからこそ彼は、衛戸申造の元で戦うことに疑問を抱かずにはいられなかったのだ。


 娘と孫の死に、申造は泣きもしなければ悲しみもしなかった。

 永遠に失われた戦力の補充に頭を悩ませるばかりだ。


 とにかく、彼の言動から「悲しみを表に出さないだけの不器用な人間」という評価を下せるのは、よっぽど人間というものに信頼を置いている存在だけだろう。たとえば、アルムヌスのような。


「君のお父さんは、ETOは守るための機械であるべきだといっていた」

「生きたセキュリティってね。俺も言われましたよ」

「それを正しいと思っていた時期もあったけど、今は違う。やはり人間は人間でいるべきだ。実際のセキュリティプログラムだって、操作し、改良していく人間がいないことには結局役に立たないんだ。そして、クラッキングによる犯罪を許さない、しないという人間の意思こそが、最後にして最大のセキュリティだと思う」

「…………」

「けれどミスター・シンゾウは、その制御するべき人間さえもシステム化したがっているようだ……」


 カバリオはそこまで自分を捨てられなかったし、捨てる気もない。

 だから決別は時間の問題でしかなかったのだろう。


 君も人間でいなよ、とカバリオは柄にもなく、気障きざに片手を挙げ二枚目役者のように去って行った。

 

――また1人、いなくなった。


 未沙、その腹の中の子、カバリオ、そして――礼亥。


 末妹は戦闘時の被弾による負傷が元で命を落とした。

 何故気づかなかった、何故エデンゲイターなど放っておいて帰らなかった、と狗宇矢を責めることは稀人にはできない。

 狗宇矢の席からは礼亥の様子は角度的に見えないし、見えたとしても礼亥があの場で引き下がることを選んだだろうか。助からないと悟ったが故に、礼亥は自分の負傷を隠して戦闘続行を選んだのだろう。

 そんな彼女が、自分の必死で守ろうとした赤ん坊の死を知らぬままに逝けたのは唯一の救いだった。……救い? 救われているのか、それは?


 そして逆に、狗宇矢は稀人を責めた。

 あの時マークワンに乗り換えずに最初から2Cで出ていれば、礼亥は死なずに済んだのだと。

 きっとその時は2人まとめてやられていただろうが、双子の半身を失った狗宇矢の取り乱しぶりは見ていて痛々しいほどで、稀人には何も言い返すことができなかった。


「マークワン改の御初陣だというのに、御残念で御座いましたね」


 ネネコがいつの間にか隣に立っていた。ボトムレイヤでの、ドラム缶バージョンだ。


「……いい。家族が2人……3人も亡くなって、戦勝パーティなんかこっちもできないよ」

「稀人御坊ちゃまはいつもそうですね。小学生の時の御絵画コンクールで御銀賞を御取りになったときは狗宇矢御坊ちゃまが御たふく風邪で皆様それどころでは御座いませんでしたし」

「そんなこともあったなぁ」

「いつだったかの誕生日の時、御学友を御誕生パーティに御誘いなさろうとしましたが、クラスでもっと御人気のある方が同じ日に御誕生日だったので御祝う側に回られたことも御座いましたね」

「ああ、あったな……」

「高校受験に御合格されたときはちょうど未沙御嬢様とカバリオ様が御結婚の御報告をなさいまして、御話題は完全にそっちに持って行かれましたね」

「もうこの話題はやめよう悲しくなる」


 自分が祝われるときには必ずといっていいほど他人の慶事や凶事と重なる。

 もっとも、それがなかったとしてもあの両親は稀人のことなど気にもかけなかっただろうが。


「……こんな時に御不謹慎かもしれませんが」


 ネネコはそう言って、胴体の小物入れスペースを開いた。




 稀人は父のいる部屋に行く。

 あの円筒の中で、父は普段通りにそこにいた。その隣には母もいる。

 どうやら何か軍務上の打ち合わせをしていたようだが、稀人が部屋に入ってきたことで彼等は口を閉ざし、何をしに来たと言わんばかりの目を向けた。


「カバリオさんが出ていったよ」

「そうか」


 そんなことをわざわざ言いに来て何になる、と言わんばかりの目を向ける父。


「カバリオもわからない奴だ。今何を優先すべきかくらいわかるだろうに。失望したよ」

「それは向こうの台詞だよ」


 この人は俺より長い年月を生きていながら何も見えていない、と稀人は思った。

 人は正しさに平伏などしない。正しさがくれるものに従うのだ。

 そして誰も従わせられない正義など、もはやそれは正義ではない。


「……俺は、生きたセキュリティなんかにならない」

「それではエデンゲイターには勝てないな」

「勝つよ」


 稀人は父を睨みつける。


「俺は俺のエゴを押し通したまま、エデンゲイターと戦う。あのマークワンがその証だ。そしてその勝利をもって、生きた戦闘機械たろうとするあんたのやり方がただの逃避だと証明する」

「私が、逃げている……?」

「あんたは人間の複雑さ、猥雑さに耐えられなかった。親という役目どころか、人間であることにすら耐えられない。だから今もこうして、地球を守る機械に徹することで娘達の死を悲しむことからも目を背けている」

「…………」


 父の返答がないので、稀人は回れ右して部屋を出ようとした。

 自動ドアが開いて、敷居を踏み越えようとしたとき。


「……気にすることないわ……」


 母の声。稀人に向けられたものではない。


「……あなたは正しいことをしている。そうでしょう?」


 ああそうか、と稀人は納得した。

 母はずっと、そうやって夫を甘やかしてきたのだ。


 背後で扉が閉まる。

 わざわざ母に文句を言いに戻るのも面倒だった。それよりは。


 ネネコにお祝いとしてもらった116色セットの絵の具の封を切る方が、ずっと有意義だと稀人は思った。



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バーチャルネット巨大ロボ 鯖田邦吉 @xavaq

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