3話 間違った力 Cパート

 右手に何かを持って、少年は歩きつづける。

 すれ違う人たちが振り返ることはない。銀色のスマートフォンのようなものを、変身へんしんベルトだと認識にんしきした人はいなかった。

 傾いた日に照らされるジュンヤが、自宅へと戻ってきた。

「ただいま」

 珍しく早く帰ってきていた両親に声をかけ、自分の部屋へと向かう少年。ソーグのベルトを机の上に置いた。

 ベッドに倒れ込んで、頭を抱える。

「ダメだ。何も思いつかない」

 部屋から出て、台所へ。晩ご飯の用意をしている母親を通りすぎ、コップに水を入れる。ゆっくりと飲み干した。

「どうしたの? 何かあった?」

 心配そうな声を出したのは、母親。元気がない様子の息子は、気まずそうにするだけ。何があったのかを言おうとしない。

「なんでも話していい。親は、そのためにいるんだ」

 父親に優しい言葉をかけられても、“怪人かいじんに苦戦した”とは言えない。ジュンヤは悩んだ。

 そして、学校でフワを怒らせたことを言った。

「なにが、悪かったんだろ」

「それは怒るよ。趣味は人の数だけある。似ていたり、まったく違ったり」

 トウゴの声は穏やかなまま。ジュンヤは、すこし落ち着いた。

「うん。たしかに」

「ギアロードをバカにされたら、怒るだろう? なんでか、分かるか?」

「好きだからだ」

「それもある。でも、言葉の暴力ぼうりょくだからだよ。力の使いかたは知ってるだろ?」

 言われて初めて、ジュンヤは気付いた。

「オレが、間違ったんだ」

 とたんに、いてもたってもいられなくなった。謝らないといけない。いまじゃないとダメだ。

 少年は、心から叫ぶ。

「謝りに行く!」

「それでこそ、ヒーローの子だ」

 さわやかに言い切った夫を見て、ハルカが呆れている。

「嘘を言うのはよくないって、ギアロードに教わらなかったの?」

「いやいや、昔はスーツ――」

 その言葉を、ジュンヤは最後まで聞かなかった。


 フワの家は、ジュンヤの家よりも大きい。

 千古せんこと書かれた門は閉まっていて、チャイムを鳴らすためのスイッチがある。小さな手がためらいなく伸びた。

 押すと映像が送られ、誰が訪ねてきたのか分かるようになっている。通話も可能。返事をするために構えていた少年が、何かを言うことはなかった。

 庭の向こうで、玄関のドアが開いてゆく。

 不機嫌ふきげんそうな少女が門まで歩いてきた。控えめなフリルのついた服とスカートが揺れなくなって、黒い柵の向こうから話しかける。

「なに? 勉強を教えてもらいたくなったの?」

「ごめん! オレが悪かった。あれは、間違った力だったんだ」

 きょとんとした顔のフワに、ジュンヤは説明した。自分の言葉で。分かってもらえるまで、丁寧ていねいに。

 それを、塀の上から小鳥が見ていた。

 少女の表情が緩んで、黒い柵が収納される。少年が白い歯を見せた。

「こんな所で、立ち話か?」

 二人に話しかけたのは、髪が長めの男性。といってもフワほどではない。二人より背が高く、白い長袖シャツに、グレーのパンツ姿。学生のように見える。しかし、鞄は持っていない。

「早かったね。おにいちゃん。おかえり」

「ただいま。何かあったのか?」

「なんでもないよ」

 妹の言葉に、アキラは納得していない雰囲気。あごに手を当てている。

「オレが、ダメだったんだ。だから、謝りにきたんだ」

「もう。解決したんだから、黙っておけばいいのに」

 目を細めたフワが、口元を緩めた。

 少年から、さきほどよりは分かりやすい説明がおこなわれる。

「話してくれてありがとう。ジュンヤ」

 アキラがひざを曲げた。頭の高さがジュンヤと同じになるまで腰を下げ、笑顔で右手を差し出す。

 照れくさそうに応じる少年を、少女が眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る