第五曲 少女とアイサイトと赤い機械の巨人

 片手で天使を押しとどめ、アカネを見つめる黒ずくめ男は。

 かぶっていた帽子を脱ぐと、装甲が引き裂かれたことで外気にさらされたアカネへ、それを投げ渡してきた。

 彼女が慌ててキャッチするのを見届けると、男はまた、ニカッと笑い。

 その口元に、オカリナに似た波動端末を近づける。


「超弦跳躍で足りない分の資材は、このバースを借りるとして……ついでだ、その帽子は預かっといてくれ、命の次に大事なモノなんだ。あとは一等席で、安全に見学していけばいい」

「おまえは、なにを言って。そもそも、おまえはいったい──」


 アカネが誰何すいかするよりも先に、黒ずくめの男──アスノ・エイジは、波動端末を吹き鳴らした。

 鳴り響く音色は、六次元超弦出力装置を励起させる波動。

 因果を結ぶ調べ。


(な──なんだ、これは!?)


 戸惑うアカネを置き去りにして、バースを構成していた量子帯がほつれていく。

 アームドゴーレム・バースは完全に形を失い、その残滓が、エイジを中心に光の卵殻を形作る。

 薄く透けた力場の中に、細身の人型が現れた。

 その人型の上を、無数の量子帯が行きかい、ガッタン、ゴトンと音を立て、高速で何かが編み上げられていく。

 余波だけで力場が荒れ狂い、天使が後退した。


『RUGAAAAAAAAAAAA!』


 天使が、軋り唸るような鳴き声とともに、〝たまご〟へと翼をぶつける。

 卵にひびが入った刹那、光が内部から溢れ出して──


(眩しい。でも、不思議と温かい──)


 澄み渡った水に、一滴の水滴が落ちたような音。

 波紋が広がる様な音色とともに、波動が吹き荒れる。


『ZAUUUUUUU!?』


 物理的威力を伴う閃光に吹き飛ばされ、天使があおむけに倒れた。

 地響き。

 そして、アカネは言葉を失う。

 光の中に立つ影。それは──


 それは、赤い機械の巨人だった。


 巨人は手に乗せていたアカネを、離れた場所にゆっくりと降ろす。

 その手は、びっくりするほど柔らかく、赤ん坊のような軟質素材でできていた。

 アカネのパイロットスーツが、元の赤い制服へと置換され、巨人の中に吸い込まれていく。

 彼女が見上げる、赤い機械の巨人は、颯爽たる雄姿を輝かせていた。


 装甲の質感自体はバースのものに似ているが、なによりも赤い。

 腕が太く長いバースに対すると、どこかスマートにも見える。

 だが、その全長は二回りも大きく、全高は17メートルを超える。


 鎧を着こんだ人間に近い姿。

 腕や足、要所要所に透き通った緑色のラインが伸びている。

 まるで毛細血管のようなそれは、下腹部から胸部かけて存在するY字型のクリアパーツと同じ輝きを有していた。

 エネルギーのラインが繋がっている証拠だ。

 緑の部分、そのすべてがエネルギーのカタマリなのだと、アカネは直感した。

 赤い部分は鎧、素体と思わしき所だけが白い。


 マッシヴな上半身とは裏腹に、腰部はえぐれているのかというほどにか細く、脚部も無駄を削ぎ落としたかのようにスラリとしている。

 それを補い防護するように、複数のパーツから形成されるフレキシブルな一対の制御翼が、ロングコート染みて足首のあたりまでを覆っていた。

 左腕には、重装歩兵のような巨大な盾を構えている。

 腕部と一体化したそれは、中心にリボルバー拳銃のような回転弾倉をのぞかせていた。


 もっとも特徴的なのは、頭部にある太いアンテナ。

 後方へと斜めに伸びたそれからは、緑色をした粒子の〝帯〟が、さながらタテガミのようになびいていた。

 両目ツインアイを清廉なライトグリーンに輝かせ、鬣を翻しながら。

 巨人は左手を真横に突き出し、右手を胸に当て、名乗りをあげる。


『闇に逢うては闇を切り、光とともに未来アスを紡ぐ! 俺は流浪のアイサイト! エイジ──エイジオン・プレイン!! 祈りの願いが、俺を呼ぶ!』


まっさらな時代エイジオン・プレイン……?)


 またも知らない言葉を並べられ、困惑を隠せないアカネ。

 だが、そんなことは知ったことではないというように、起き上がった天使が咆哮を上げる。

 そして、見得を切ったままのエイジオンへと、四枚の翼で強襲をかけた。

 だが、


『その攻撃は見飽きたぜ! 部分的構造最適化ジョーゼット!』


 謎めいた掛け声とともに、エイジオンの両手が緑色に発光する。

 右手の二の腕部分からは特殊なナックルガードが、左手の盾の先端からは高密度の粒子がスパークし、高熱のエネルギーブレードが発生。

 光のような速度で閃いた両腕は、バースをたやすく破壊する翼を、逆に打ち払い、削り取って見せる。


『RUGIRAAAAAAAAAAA!?!?』

『俺が大道芸人ジャグラーなら、その反応に大喜びするところだ。だけれど俺はアイサイト。被害が広まらないうちに、決着をつけさせてもらう! 不断量子拘束帯シーチング・イカット!』


 エイジオンの鬣が伸びる。

 それは網の目状に広がると、天使を包囲する。

 網目がきゅっと絞り込まれると、大天使の全身が一瞬で拘束されてしまった。

 わめきたて、拘束を引きちぎろうとする天使だが、そのたびに鬣は強く、深く縛り上げ、その自由を奪う。

 バースを破壊するほどの膂力を、驚くべきことに量子の帯一本一本が押さえ込んでいるのだ。


 エイジオンは拘束に使っている分の鬣──エネルギーのカタマリである量子帯を切断すると、大きく飛び退り、左手を弓なりに構えた。

 エイジオンの全身を包む、赤い鎧が明滅。

 その末端がわずかにほつれる。


『……やっぱり資源の供給が足りないか……お開きと行こうぜ? 暴虐なる天使さん──光の速さで、終幕ウェイブ・アップだ!』


 言い放つのと同時に、赤い巨人はスタートを切っていた。

 腰の制御翼が、背面へと展開。

 尋常ではない規模の量子帯が噴出し、巨大な翼を形成する。

 それは爆発的な推進力となり、エイジオンを弾丸のように加速させた。


『貫け、虹色の闇を。パイル!』

『GURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 まっすぐに突き出されたエイジオンの左腕。

 一体化している盾の部分から、バースのものと同じパイルバンカーがその穂先をのぞかせる。

 次の瞬間、すさまじい推進力とともに、天使のコアを保護する外殻へと突き立てられるパイルバンカー。

 ガゴン! という轟音とともに鉄杭が射出される!

 だが。

 それでもなお。

 コアを保護する外殻を、砕くだけの力が足りない。


(ダメなのか?)


 アカネは知らず、預かった帽子をぎゅっと握りしめていた。


(この見知らぬ巨人でも、あの圧倒的な力でも、やっぱり天使は殺せないのか? 人類は、諦めるしかないのか?)


「いやだ……」


 彼女は、気が付けば叫んでいた。


「そんなのはいやだ! 負けるな、バカ野郎!!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 まるで彼女のエールを待っていたかのように、ひときわ強く、エイジオンが拳を突き出す。

 ガチャン!

 撃鉄が引かれ、落ちる。

 弾倉が回転し、チャンバーの内容物を送り出す。

 必滅の槍が、放たれた。


H E A Tヒィイイイイイイイトッ──パアアアアアイル!!!』


 対天使高速流体射出式High-Explosive・Angel‐Trasパイルバンカー。

 その先端がはじけ飛ぶ。

 根元の部分で炸薬が起爆し、パイル内部に充填されていた金属が衝撃──爆轟波を受け、モンロー/ノイマン効果によって流体金属へと変成──

 超高速の流体金属噴流メタルジェットとなって、噴出したのだ。

 その、絶対貫通の穂先は──


 いともたやすく外殻を貫通し、ついに、コアを破壊するに至る。


『ZU──ZUIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』


 すれ違う赤色の巨人と、大天使。

 巨人は、慣性のまま滑走し、片膝をついて停止した。

 天使は何事もなかったかのように振り返り、赤い機械巨人の背後に攻撃を仕掛けるべく一歩を踏み出して──


 次の瞬間、光となって爆散した。


『────』


 光を背後に、ゆっくりと立ち上がるエイジオン。

 その輝く緑眼が、アカネを見て、静かにうなずいた。


「勝った……勝っちゃった……人間が単機で、大天使級に……そ、そうだ!」


 唖然としていた彼女は、頭を振って正気に戻る。

 そして、凛としたまなざしで赤い巨人をにらみつけ。

 問うた。


「おまえは、何者なの?」

『俺はエイジ──』


 水滴が弾けるような音ともに、エイジオンの機体が光に変わる。

 まぶしさに思わず、アカネは腕で目をかばい。

 視界を取り戻したとき、そこにはひとりの男が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 彼はアカネから帽子を受け取り、三度名乗る。


「アスノ・エイジ! 君たちの旧い同胞にして……人類を、見守るアイサイトするものだ」


 これが。

 ボドウ・アカネとアスノ・エイジの出会い。


 この数秒後。

 アカネはエイジを殴りつけ、その身柄を拘束するのだった。



 第1章 俺は流浪のアイサイト──終わり

 第2章 サンドゥン号での生活──に続く

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