インターミッション 虹色の暗躍

幕間 虹色の教唆

 サンドゥン号セントラル・セクタ──その、もっとも深い階層。

 六次元超弦出力装置──シックス・ディメンション・プリンターの本体が収められた主機室エンジンルーム


 全長が1000メートル近い球体。

 そのなかにはY字型の本体が収められており、ちょうど枝分かれしている部分では、小さく淡い光が、ぼうっと揺れ動いている。


 その明かりに照らし出される影が、二つあった。


 ひとりはサコミズ・ゴードン。

 この移民戦艦の艦長の任を帯びる、統括局局長。

 彼は、この厳重にセキュリティーが施された区画に立ち入る権利を、一部の技術者以外で唯一持っている人間だった。

 しかし、その隣には、技術者とはとても思えない出で立ちの人物が立っている。

 

 全身を覆う、筒のような青い服は、その頭部さえもすっぽりと覆面で覆い隠してしまっており、くわえて覆面の上には、白い仮面を身に着けている。

 男性なのか、女性なのか、大人なのか、子どもなのか、それすら判別がつかない奇妙な佇まい。

 謎めいた人物は、ゆっくりとしゃべり始めた。

 その声音は、ボイスチェンジャーによって奇妙な電子合成音に変換されていた。


「あなたがご執心の少女、どうやら二度も危機を逃れたようですねー」

「……予定された危機だ、回避できないわけがない」

「それでも、必ずその危機はやってきます。13年後に至るまで、我々の運命は確定していますから。この戦艦ふねが演算し、神の使いがもたらしたその終端は、もはや動かしようがないのですよー」

「諦めろというのかね? 運命とやらを、甘んじて受け入れろと?」

「いいえ、この試練を乗り越えることだけが、人類の未来を約束するとわたしは言いたいのです。それに──わたしだって、あの娘には生き延びてほしい。そのためには、戦力が必要です」

「これは……異なことをいう。苛烈なる航海を今すぐに止め、安住の地を探すべきだというのが、ガイア教団の唯一の信条だったのではないかね? 違うかね、殿?」


 ゴードンが片メガネ──7年前の戦闘で負傷した右目を補うためのものだ──に触りながら問えば、教主と呼ばれた影は、うつむくように顔を下げた。

 それから、小さく笑う。

 笑い声は電子合成音に変換されていたが、隠しようのない皮肉と嘆きがこもっていた。


「恐ろしい天使たちは、私たちを試します。しかし、人間はあまりに弱い。わたしも、あなたもそうです。現状を維持したいという思い。そして、目の前の困難から逃げ出したいという気持ちは、逃れられないカルマです。無知は決して罪ではない。彼らに非はないのですよー、局長」

「はるかに長い旅路の果て……それを知るのは、歴代艦長とガイア教団の教主──この六次元超弦出力装置の〝声〟を聴くことができる貴様だけだ」

「あなたがそれを知ったのは7年前、あの使をもてる戦力すべてで撃退したあとでしたね」

「だからこそ、備えた。あのような危機が再びやってきても、打ち克つために。来るべき破滅に、確定した未来を変えるために!」


 その結果がこれですかと、教主はゴードンに問う。

 ゴードンは、これが結果だと拳をきつく握りしめる。

 彼の脳内では、が強大な天使と戦ったときのことがよみがえっていた。

 7年前に起きた、大災害。

 そのとき失われかけた、かけがえのないものを想い、ゴードンは言葉を荒らげる。


「ボドウ・アカネは、死の危機から二度も生還した!」

「ですが、天使との遭遇事態は回避できなかった。大天使との戦いも、力天使による襲撃も、もたらされた託宣のままです」

「結末は変わらないと、そう言いたいのか?」

「あなたは知っているはずですよー、局長。生命というものが、どのようにして産まれたのか、その仕組まれた筋書きを」

「…………」


 教主の言葉に、ゴードンは沈黙する。

 追い打ちのように、教主は言葉をつづけた。


「パンスペルミアの箱舟と、アーカイブスに名が残っています」


 パンスペルミア仮説。

 惑星の外から、命の起源となる種が持ち込まれたとする旧時代の仮説。

 それが正しいのだと、教主は語る。

 それが、仕組まれた命の芽生えであったとも。


「その仕組みから逃れるために、人は六次元超弦出力装置を生み出した。星間を飛び越え、すべてを仕組んだものを、今なお人類を滅ぼそうとする天使の首魁しゅかいを討ち滅ぼすために。ですが……」

「やはり、肯定できないというのか、いまの人類の在り方を」


 ゴードンの問いに、教主はうなずく。


「交わりを捨て、生命の営みを捻じ曲げ、生殖という命の形に決別し、我々はプリンターによる出力物アウターとなることを選びました。アウターに死はない。何度でも、それこそ天使に滅ぼされない限りは、何度でも生まれ落ちる──全くの別人として、ですが。そう、もはや6Dプリンターに依存しなくては、新たに命が生まれ出でることもないのです。いびつ、あまりにいびつなのです、わたしたちは。だからこそ、このねじけた命の在り方を断ち切るために、必要なのですよ、さらなる試練が!」


 急激に熱を帯びた教主の声音。

 ゴードンは、顔色一つ変えずに反論する。


「結末の決まっている試練など、茶番に過ぎない。私は──サコミズ・ゴードンは、ただボドウ・アカネが──いまは亡き姉たちの娘が、心やすらかに暮らしてくれればいいのだ。その最後の瞬間までを」

「彼女の両親は、すでに循環層に還ったのでしたね」

「DNAは保存されている。天使に殺されたわけでもない。再出力は可能だ」

「別人ではありませんかー?」

「……天使に殺されたものは、DNAがあっても再出力はできない。ならば、本人だ」

「記憶が違うものは、別人では?」

「古い考え方だな、教主らしい」

「では……言い方を変えましょう。そんな命の在り方で、前に進めるとでも?」

「思う思わないの話ではない。私たちはとかく、前に進むしかないのだ!」

「その願いの結果、彼女は大いに苦しむでしょう。それでもですか?」

「それでもだ」


 強く、確かに断言するゴードンを見て、教主はため息をつく。


「ならば、その苦痛の原因は取り除くべきでしょう。アスノ・エイジ。あれほどイレギュラーで、イリーガルな存在は、この船にはいませんよ。あの存在は、どのような未来を導くのでしょうか……」

「〝星の子〟……私たちの記憶すら貪り生まれ落ちたモノか……だからこそ〝あれ〟に関連する未来を、貴様すら知ることはできない。〝あれ〟はアウターとしての極限にして極北……かつて地球で、星の危機に現れた聖者と呼ばれる遺物……すべてのデータの数値が……いや、数値が存在しないという事実が物語っている、〝あれ〟は〝彼〟であると。聖者であるというのなら……貴様も同質ではないのか?」

「冗談ではありません! わたしは声が聴けるだけ! しっかりと人間に望まれて生を得ました。この記憶は、意志は、アイデンティティは、わたしだけのもの! しかし、あれは違う。あれを望んだのは──」


 なにかを言いかけた教主が、六次元超弦出力装置を見上げた、そのときだった。


 コツンと。

 立ち入るものがいないはずの部屋に、音が響いた。

 コツン、コツン、カツン……

 連続する音。

 それは、軽快な足音だった。


 二人が振り向く。

 そこには、茶髪をかきあげ、不自然に白い歯をむき出しにする、さわやかな笑顔の男がいて。


「サクライ・アキラ先任楽士か?」

「違う! こいつは……!」


 ゴードンの誰何すいかを、教主の悲鳴染みた声が遮った。

 アキラが──否、その姿を得た何者かが、さわやかな笑みをかき消すように──虹色の瞳を輝かせて、にやぁっと笑う。


「我々は〝カウンター〟──今日は君たちに」


 その男。

 カウンターを名乗る天の使いバケモノは、こう宣言した。


「絶滅の時間を早めることにしたと、告げに来た」


 サンドゥンの循環していた時間。

 その緩やかな時の運びが今、加速を始める──

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