第4章 目覚めし慟哭のカラメイト

第十七曲 少女と小型天使とメガネの取材

「シッ! ハッ! フッ! セェーイヤ!」


 全長3メートルほどの虹色の人型に、エイジは連続して拳を叩きこむ。

 さらに身体を回転。

 威力の乗った回し蹴りを炸裂させ、相手が怯んだ隙に胸ポケットからエイカリナを引き出す。


 エイカリナのかしらを叩くと、その底部から刃が飛び出した。

 刃は超弦出力装置に直結しており、それでコアを突き刺された虹色の化け物は、次々に光の粒子に代わっていく。


 彼の周囲には、6体ほどの虹色──小型天使がいた。

 時折天使や大天使とともに現れ、人間を襲う恐ろしい化け物。

 それをエイジは、超人的な身体能力で倒していく。


「ヤ! セヤッ! ハァーッ!」


 さらなるラッシュを浴びせかけ、掌底をコアに直接叩き込み、とどめとばかりにエイカリナを突き立てる。

 霧散する無数の小型天使。

 エイジは残身を取り──


『────』


 その背後で、倒したはずの小型天使が起き上がって、彼へと牙を剥こうとした。


 パァーン!


 残響音とともに、天使の後頭部へとエネルギー弾が炸裂する。

 その隙をエイジは逃さず、振り向きざまにコアへと刃を叩きこんだ。

 崩れ落ち、消滅する天使。

 天使だったものが消えた後には、強化された波動端末を構えたアカネの姿があった。


「……油断大敵よ」

「まさか! 援護してくれると信じていただけさ」


 エイジのセリフと、にかっとした笑みに毒気を抜かれるアカネ。

 肩をすくめながら波動端末をポケットにしまい、彼女は「しかし」と首をひねる。


「大天使が現れたわけでもないのに小型天使が出現するなんて、これまでにない事態だわ。いったいどうやってやってきたのかしら」

「それを言うのなら、ほかの天使だってどうやってサンドゥンにやってくるんだ?」

「……空を破いて」

「この広漠な宇宙で、奴らはどうやって、こうも正確にサンドゥンの位置を探し出しているのか。そして超弦接続励振航法を使うサンドゥンに、どうやって乗り込んでくるのか」

「それは……私たちの先人がどれほど考えてもわからなかったことよ」

「そうだな、今の時点では無理だろう。ところでアカネ、なぜバースは人型だと思う?」

「偉く唐突ね……天使という異形を前にして、人類のアイデンティティを守るために人型が採用された──そういう風に、訓練生時代に習ったわ」

「だろうな。だが、厳密には違う。使。すべてが破壊された。まるで、淘汰されるようにね」

「何が言いたいのよ?」

「さて……そんなことより、腹減ったなぁ……」

「もう、あんたってやつは」


 腹をさするエイジに、アカネは呆れたように笑う。

 平和な──平和ではなくとも変わらない日常が続いていた。

 そう。いまは、まだ。


 アカネは知らない。

 建物の陰に隠れた一人の女性が、メガネを曇らせるほどに鼻息荒く、ぎらついた欲望の視線を向けていることを。

 ゆっくりと。

 しかし確実に。

 運命の刻限は迫っていた──


§§


「あの極限虚空の中で、俺と君は離れ離れになってしまった。もしエイジオンが天使を一撃で倒せるほどに強ければ、こんな事態は避けられたはずだ」


 エイジがそんなことを言い始めたのは、サンドゥン号に帰還してすぐのことだった。

 彼はその日から、譜面の調律に躍起になっていた。

 一心不乱に、余白があるというエイジオンの譜面に書き込みを続けていたのだ。


「高速流体金属による外殻の貫通。振動刃による脆弱部位へのピンポイント攻撃。どちらも、決め手に欠けると判断するしかない。必要なのは天使の外殻を一撃で、しかも通常の攻撃で破壊しうる絶対的な攻撃力だ。どんな理論ならば、あの強固な外殻を破壊できるか……問題は一人では制御系のリソースが足りないことと──」

「まぁまぁエイジちゃん、あんまり根を詰めないでー? 帰ってきたばかりなんだし、アカネちゃんが煎れてくれたお茶を一緒に飲みましょう!」

「マイリスさん、ご厚意はうれしいのですが……アカネが煎れたお茶?」

「なんの文句があるのよ!?」


 あまりの言い方にムカッ腹を立てるアカネ。


(あたしだって、お茶ぐらい煎れられるわよ! 料理があれじゃあいけなかったことぐらい、理解しているんだから!)


 事実、彼女が煎れたお茶はインスタントであり、誰が煎れても味は変わらないものだった。


(できないことはできるやつに任せるか、そもそもできているものを使えばいい。このぐらい、あたしにもわかる)


「いいから、飲みなさいよ」

「えー?」

「のーみーなーさーいー!」

「お、おう……」


 強引にカップを押し付けられ、気圧された様子でエイジは受け取る。

 それから逡巡しつつも口をつけ、一度瞠目して、そのまま作業に戻っていった。


(感想もないのか、こいつは。いや、この反応から紡がれる結論は──)


「そうね、及第点だと思うわよ、アカネちゃん?」

「ちょ、指導官殿!? 髪をくしゃくしゃするのは、あたし子どもではないので──?」


 急に抱きしめられ、頭を撫でまわされたアカネが暴れていると、ブザーが鳴り響いた。

 来客を告げるブザーだった。

 三人が、顔を見合わせる。

 率先してマイリスが応対に出て、そして、困惑した様子でアカネたちを振り返った。

 ひとつの影が、部屋の中に侵入してくる。


「あの──アスノさん、ボドウさん! わたしに、おふたがたの取材をさせてください……!」


 小柄な体格に、おかっぱの頭。

 飾り気のないメガネに、腕に堂々とまかれた〝サンドゥンブロードキャストS・B・C〟の腕章。

 移民戦艦唯一の報道局S・B・Cの、いきなり押し掛けてきた局員を前にして、アカネたちは。


「しゅ」

「しゅ?」

「「取材いいいいいいいいいい!?」」


 素っ頓狂な声で、ハモってみせたのだった。

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