第十八曲 少女と密着取材と帽子の行方
「はい……はい? え、待ってください、本当にですか? 叔父様──局長の命令!? はい……了解しました……はい……」
耳に当てていた端末を、力なく下ろすアカネ。
どうだったかとエイジが問いかければ、彼女はうなだれて答えた。
「取材を受けろって……乗組員の慰安になるかもしれないからって……」
「なんと……それは、気の毒に……」
「なにを他人事みたいな顔をしているか知らないけれど、あんたも取材対象よ、エイジ」
「ガラじゃあない。遠慮させてもらう」
「統括局の正式な決定よ。それに」
ちらりと、アカネは部屋の隅でこちらの様子をうかがっている眼鏡の記者を見やり。
「……あの期待のまなざしを、裏切るつもり?」
「…………」
ふたりの視線が出会う。
うるうるとエイジを見上げる少女に、とうとう彼は根負けした。
「覚悟、決めるか……」
ひどく滅入った様子で、エイジは天を仰ぐのだった。
§§
「取材を受けるにしても、まずは自己紹介からだ。俺はエイジ。アスノ──」
「アスノ・エイジさん! 流浪のアイサイトにして
「ファン……」
「あなたのことも聞き及んでいます! ボドウ・アカネさん! 若き楽士でありながら、エイジさんと戦い続けているパートナーだとか!」
「ぱ、パートナー!? ちょ、誰がこんなロクデナシの──」
「それで、わたしはサキブレ・イズレといいます! 今日からおふたがたの、密着取材をさせていただきます……!!」
アカネの叫びを遮って、少女──イズレはぺこりと頭を下げて見せた。
そうして上げた顔には、まぶしいほどの笑顔が浮かんでいる。
アカネはエイジと顔を見合わせて、口をへの字にする。
(ペースが……ペースが乱れる……なんだ、こいつ……)
かようにして、二人に対するイズレの取材は幕を開けた。
「それで、今日はどこに向かわれるのですか?」
イズレに、部屋のなかを物色されるのが我慢がならないという理由で、アカネは外に出たのだが、それを口にするわけにもいかない。
気分転換にと同行していたエイジが、代わりに口を開く。
「簡単に言えば、警邏ってやつだ。天使ってのはいつの間にか現れる。だからサンドゥンのなかを見回って、万が一に備えるわけだ」
「ですが……それは赤服の、人類存亡敵性体天使対策室クワイアのお仕事なのでは? 人の仕事を取ってはいけないのですよ、船員は」
「俺はイリーガルだから、役目がない。逆に言えば、なにをしてもいいってことさ。それに、たぶん天使が現れたことに一番早く気が付くのは、俺だから──と、言っているそばからかよ!」
何かに気が付いた様子のエイジが、血相を変えて走り出す。
「あ、待ってください~!」
「こちらボドウ・アカネ! クワイア本部きこえますか?」
そのあとを慌てて追いかけるイズレとアカネ。
アカネは手際よく──この数か月ですっかり慣れきってしまった手順で──クワイアに天使出現の一報を入れる。
実はアカネ自身、統括局から万が一のことを考えてと、試作バースターの譜面を預かったままになっている。表向きはエイジの援護をするためということになっているが、
(まあ、なにかあった時、エイジオンを止めろってことよね)
と、冷静に分析していた。
曲がり角に差し掛かったところで、アカネたちはエイジに追いついた。
すでにエイジは、3体の小型天使と交戦状態にあった。
「なっ!? すごい!!」
驚嘆の声を上げるイズレ。
(あー……そうか、よくよく考えればこの男の身体能力は異常なのだった。あたしはあまりに見慣れすぎて、どこかずれてしまっている。やはり、こいつはおかしいのだ)
そんな感慨を抱きながら、アカネはイズレを守るように立つ。
我に返ったイズレは自分の端末を取り出し、エイジの映像を、きらきらとした目で録画し始めた。
「セイハーッ!」
腰を落とした状態から放たれた拳が、小型天使の頭部を破壊する。
それでもコアが破壊されていないため、なお活動する天使。
エイジはエイカリナを抜き放ち、その頭を叩く。
飛び出す刃。
悲鳴。
ハッとアカネが振り返れば、背後には人だかりができていた。
いつの間にか集まってきていた乗組員たちが、天使の姿を見て恐怖の声を上げていたのだ。
イズレはその姿を記録し、さらにエイジへとピントを合わせ、早口にまくしたてる。
「さあ、危険な状態になってきました! 英雄であるアスノ・エイジを一目見ようと集まった何の罪もないクルーたち! 暴威をふるう天使が三体! はたしてアスノ・エイジは、彼らクルーを守り切れるのか……!」
「そんなことを言ってる暇があったら避難しなさい! あなたたちもよ!」
怒鳴りながらも、クルーたちを下がらせようとするアカネ。
このままでは危険だと判断した彼女は、エイジへと叫ぶ。
「手早く!」
「任せろ!」
素早い拳の連打から、上段蹴り。
さらに速度を上げたエイジは、次々に小型天使たちのコアにエイカリナを突き立てていく。
光となって消え去る天使。
最後の一体を倒し、激しい戦闘でずれた帽子をかぶりなおすエイジ。
「やったか……」
安堵の息をついたアカネは、集まってきていたやじ馬たちを解散させるべく動き出す。
このとき彼女は、完全に、完璧に気を抜いていた。
(エイジの手にかかれば、こんなものだろう)
そんな信頼ともいえない慢心が、彼女の中に生じていたのだ。
クルーたちを散らすべく、アカネが背中を見せたとき。
イズレが、上空へと端末のレンズを向け、叫んだ。
「あ、あれはなんでしょーか!」
振り返るアカネ
普段は険しい目つきが、いっぱいに見開かれる。
青空を割り砕き現れる、二つの頭に鳥のくちばしを備えた虹色。上半身は人型で、そして蟹のような足を持つ異形──力天使が、その両のくちばしを開き、いまにも雷球を放とうとしていた。
その標的は──
(あたし……?)
そこからはひどく緩慢に、彼女の目にはすべてが映った。
逃げ出す人々。
追いかけるイズレ。
自分へと迫る、二つの雷球。
そして。
(そして)
これまでに見たどんな時よりも、真剣な顔をしたアスノ・エイジの姿。
彼は超人的な速度でアカネに駆け寄ると。
その体を抱きしめ、全力でかばった。
「がああああああああああああああああああ!?」
炸裂する雷球。
エイジオンの装甲すら砕く一撃に、苦鳴が響き渡る。
それでも、アカネは生きていた。
強い光が去ったあと、彼女の視界にいたのは、エイジだった。
激しく肩で息をつき、額からは血を流し、しかし彼もまた、生きていた。
その右手に掲げられたエイカリナが、内部に秘めたエネルギーを解放し、ほんの一瞬雷球を打ち消したのだ。
ただ、そのトレンドマークである帽子は、どこかに吹き飛んでしまっていた。
エイジは立ち上がり、額から血を滴らせながら、天使に向き直って呟く。
「──勝手に干渉波動を出してくれる、自動演奏機能をつけるべきだな」
「エイ、ジ」
「次からは、そうしよう。ちゃんと守れるように」
「…………」
「アカネ!」
「……!」
アカネからは、エイジの表情はうかがえない。
しかし彼は強い語気で、彼女に告げた。
「ほかの人たちと、一緒に避難を!」
彼は返事を待たなかった。
エイカリナを吹き鳴らし、その姿がパイロットスーツに。
そして、白くか細い素体を経て、エイジオン・プレインへと変わる。
「────」
アカネは茫然と、その姿を見守っていた。
彼女の足元で、エイジの破れた帽子が、燃えていた。
「…………」
イズレはそのすべてを、記録し続ける──
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