第十六曲 少女と相乗りとオカエリ

 どれほどそうしていたか。

 泣き止んだアカネは、かすれた声で、エイジへと問いかける。


「どうして、あたしの居場所が分かったの……?」

「バースターには資源惑星への道しるべとして、マーカービーコンが積まれていた。俺は、それを追いかけてきただけだよ」

「……そっか」


(そんな簡単なことにも気が付けないほど、あたしは弱っていたのか……)


 うなだれ苦笑するアカネ。

 しかし、すぐに重大な事実に気が付き、顔を跳ね上げる。


「待って、あたしを追ってきたってことは……」

「……そうだ。俺も、サンドゥン号との通信が断絶している」

「そ、う……」


 それはつまり、現状サンドゥン号への帰還が絶望的なことを指示していた。


(いや、サンドゥンは天使の反応を感知して、すでにこの宙域を離脱しているかもしれない。それに、バースターの残りエネルギーでは、どのみち長距離移動はできない。エイジオンすら、これほど破損している。つまり、この条件の果てに紡がれる結論は──)


「……いや、違う」

「アカネ」

「あたしは、諦めない。それがどれほど最悪でも、目の前に立ちふさがるのが絶望でも。あたしはもう、諦めない」


(そうだ。まだ手段はある。最低限の記憶領域と意志だけでもサンドゥンに持ち帰ることができれば、肉体はDNAをもとに6Dプリンターで再出力だってできる。それは死に近い事柄かもしれないけど、死ではない。まだだ、まだあたしは……!)


「あたしは、アウターだ……! いまさら、肉体を失うことぐらい──」

「大丈夫だよ、アカネ」


 はっと、アカネは顔を上げる。

 ガチガチと歯が鳴っていたことに、彼女は今更気が付く

 いつの間にか噛み切っていた唇に。

 握りしめていた両の手に気が付く。


「ちゃんと、ちゃんと準備してあるんだ、俺は、この時のために」


 エイジオンの手が──柔らかなそれが、バースターの頭部へと触れる。

 恐怖に支配されていた彼女の肉体が、エイジの言葉を聞くたびに、ゆっくりとほどけていく。


(よくわからない。よくわからないが、こいつの言葉を聞くと、あたしは──)


 落ち着きを取り戻したアカネに、エイジは説明を始めた。

 彼女の窮境を知っているからか、手短にまとめられたそれは、しかし驚くべき事実だった。


「エイジオンには、非常に小型だが六次元超弦出力装置が内蔵されている」

「え?」

「正確には、この干渉波動発生端末エイカリナに、貸与という形で組み込まれている。あまりに小型なため、その出力は十全とは言い難い。それでも、一度ぐらいはエイジオン程度の質量を、再出力できる」

「…………」

「エイジオンは、俺しか乗れない機体だ。そういう風に作ったし、それを揺るがすつもりはなかった。それでも譜面に、余白は多く残っている。これからアカネ、君をエイジオンの補助楽士サブパイロットに設定する」

「サブ、パイロットに?」

「そうだ。そしてバースターの質量を利用して、エイジオンの機体を再構築する。これで、二人乗りになっても超長距離の移動が可能になる」

「だけれど」


 アカネは困惑しながら、訊ねる。


「サンドゥン号の座標はわからない。あちらからビーコンの波長を探しに来てくれるなら別だけれど、そんなことをして乗組員たちを危険にさらすなんて、叔父様はしない。それに、長距離が移動できるからって、超弦接続励振航法で移動するサンドゥンには、どうやっても追いつけるわけが──」

「できるんだ、それが」


 エイジは、力強く断言した。

 その熱意に、アカネはまた一つ胸の内が暖かくなる。


「超弦接続励振航法を、エイジオンは行える。二点間──君と、サンドゥンを結ぶことで、疑似ワープを行うことができる。もしもアカネ、君が俺を信じてくれるのなら、絶対に」

「────」


(信じて、いいのか、こいつを? いや、信じるしかないのか──この極限虚空の中では、触れ合うものだけが、繋がっているものだけが、こんなにも頼もしいのか)


「あたしは、アウターよ」

「うん」

「アウターが死ぬのは、天使に殺されるときだけよ」

「うん」

「でも、このままだったら、きっとあたしは」

「うん。死ぬだろうね。君は、サンドゥンに還ることなく、死ぬ」

「…………わかったのだわ」


 やがて、アカネは同意した。

 エイジの提案を受け入れた。

 エイジはすぐさま、エイジオンの譜面を書き換え、アカネをサブパイロットに設定する。

 これによって、アカネもまたエイジオンに乗り込む権利を得た。

 そして、アカネはバースターの制御を手放す。


 エイジが吹き鳴らすメロディーは。

 水が湖面に作る波紋のような、澄み渡ったメロディーは、真空の中に響くことはなく。

 ただ、機体が触れ合っていたアカネだけが、聴くことができた。

 バースターとエイジオンを包み込み、光の卵が出現する。

 力場の中で二つの機体は溶けあい、混ざり合って──


「アカネ」

「……エイジ」


 名を呼ばれて、込み上げたものがアカネの中で弾けた。

 光の中で延ばされた手を、アカネは確かに掴んだ。泣きながら、笑いながらその手を執った。広漠な宇宙で、その手だけが彼女の寄る辺だった。

 強く、ぐっと引き寄せられる。


 次の瞬間、卵の殻は砕け、それは完成する。

 赤き鎧を身にまとう、巨大な翼をもった機械の巨人。

 エイジオン・プレイン。

 その背後で、粒子の翼が大きく広がり、眼前に渦を巻く。

 渦はやがて、トンネルのような現象を作り出し、その入り口に立ったエイジオンは、身をたわめた。


「ここからだ、ここから君は始めるんだ、まっさらな地平を目指して」

「……訳の分かんないことばっかり言うやつよね、あんたって」

「ああ。よく言われる!」


 エイジが快活に笑った瞬間、赤い巨人は虚空を蹴った。

 そして、量子のトンネルの中に飛び込み──


「ただいま、サンドゥン号」

「……夜明けの光って、こういう意味なのね」


 ふたりは、その光景を目にした。

 暗黒の中に浮かぶ巨大な質量。

 それが、星々の明かりを受けて柔らかな光を放っている。

 サンドゥン号。

 彼女たちの母艦。

 アカネとエイジは、無事に帰還することができたのだった。


 船外活動中に天使に襲われ、〝数か月間〟音信不通の状態から帰還した彼らのことを、乗組員たちは大いに歓迎した。

 格納庫へと降り立ったアカネとエイジを、マイリスは涙ながらに抱きしめた。

 その光景シーンは映像という形で切り取られ、艦内唯一の報道機関で、連日トップニュースとして流された。


 こうして。

 彼と彼女の名前は、サンドゥン全体に知れ渡ることになったのだった。




第3章 極限虚空のインフィニウム──終わり

第4章 目覚めし慟哭のカラメイト──に続く

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