第二十四曲 少女と真実と超弦跳躍

 サンドゥンの広大なカタパルト。

 そこに、赤服の精鋭が一堂に会していた。

 彼らの端末が、次々に譜面の着信を告げる。

 いくつもの力場が発生し、無数の光る卵が生じ、そして生まれる。


 正式採用型バースター。

 バースの発展形にして、サンドゥンが持てる最大戦力。

 総勢3500機にも及ぶバースターが、一糸乱れぬ動きで敬礼する。


 彼らの前に立つのは、サコミズ・ゴードンだった。

 その傍らには、ラブロック・マイリスが控えている。

 ゴードンは語る。


「これは、人類の存亡を賭けた戦いである」


 すべてのものが、パイロットが、クルーたちが、傾注する。


「これより1060セコンドのち、私たちは天使の大軍勢と衝突する。諸君らの使命は、サンドゥンが、天使が生まれる場所──あのバケモノどもの巣へと超弦跳躍するまでの時間を稼ぐことだ。12000セコンド。それだけの時間を、これから襲来する100を超える天使からもぎ取ることだ」


 彼のバリトンの声はよく通り、すべてのものが、姿勢を正す。

 ゴードンは一度目を閉じ、開いて、続ける。


「思えば、長い……永すぎる悲願だった。私たち人類は──天使を滅ぼすために母なる星を、!」


 彼は語る、クルーたちにとっては周知の事実を。

 人類にとっては、取り返しのつかない、歴史に刻むしかなかった極限の選択を。


「天使──人類存亡敵性体の襲来によって、人類は滅亡の間際まで追い込まれた。私たちは選択を迫られた。地球で戦い続けるか。あるいは、天使を倒すために長い旅へとでるか。私たちは、どちらを選んだか?」


『後者である!』

『誇り高き航海を選んだ!』

『我々は選択した……!』


 次々に上がる声。

 意気軒昂のそれを、ゴードンは片手をあげることで鎮め。

 そうして、同意する。


「そうだ! 私たちは旅路こそを選んだ! 困難を、試練を、歩み続けることを選んだ! 母星を────!」


 外宇宙航行用移民戦艦〝夜明けの光〟号。

 その構成素材は──

 それこそが人類の大いなる選択。

 己たちの存続の危機に際し、自らの母親を食いつぶす道を。

 そして、宇宙の開拓を始める道を、彼らの先人は選んだのだ。


「私たちは犠牲を払った! もはや取り返しのつかない犠牲だ。ならばこそ、後戻りはできない!」


 彼の言葉を聞き、マイリスがわずかに眉をひそめる。

 この激励を聞くなかにも、ガイア教団はいた。

 彼らはただ、母なる星を恋しいと思っていただけだ。

 危険から、逃げ出したかっただけだ。

 しかしと、それでもと、ゴードンは演説を止めない。

 右手を振りぬき、高らかに告げる。


「これより諸君らは、決死の戦場に臨む! 天使の親玉を駆逐し、人類に永遠の安寧を勝ち取るために、攻め込んでくる天使の先兵たちの、足止めを行う。それは厳しく、危険な戦いになるだろう。だが、案じるな! 私たちには──英雄がいる!」


 ゴードンは言葉とともに、背後を示す。

 そこに立っていたのは、ひとりの少女だった。

 長い黒髪、目つきの悪い瞳、赤い服。

 そして、今日この日、すべての楽士たちの先頭に立つために贈られた勲章──Y字型の緑の勲章を胸につけて。

 名誉勲章を胸につけ、楽士たちの長となった少女──

 ボドウ・アカネは、口元にエイカリナを当てる。


 吹き鳴らされる怒りのメロディー、憎悪の歌。

 その全身が光──いや、暗黒に包まれ、現れる。

 熾天使さえも屠った、最強のアームドゴーレム。

 エイジオン・カラメイトが。


『あたしが、天使を殺す。おまえたちを、すべて守る……!』


 アカネの言葉に、歓声が上がった。

 バースターが、一斉にこぶしを突き上げる。

 そのさなか、ゴードンは一度だけ背後を振り返り。

 前を向き直って、告げた。


「船外では、六次元超弦出力装置は使えない。最大展開しても、力場はサンドゥンの範疇にしか及ばない。それを忘れるな。次元跳躍の前には、合図を与える。必ず帰還し、最後の戦いに臨め。では──諸君らの健闘を祈る!」

「ガイアの加護があらんことを!」


 マイリスが叫び、胸の前で円を描いた。

 バースターの楽士のうち、ガイア教団のものが、そして何かにすがりたいと思った者たちが、同じ動作を取った。


「出撃準備!」


 ゴードンの命令とともに、すべての機体が、カタパルトへと並ぶ──

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