第二十五曲 少女と総力戦と此の世の地獄

『RGAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 宇宙空間は絶対真空である。

 ゆえに、音は伝播しない。

 だが、それは真空であればの話である。


 先に星が砕け、爆発し、ガスの一つでも立ち込めていれば、そこは一瞬で、音が響く戦場と化す。

 ガス雲の中で、天使が咆哮する。

 その声が、極限の虚空へと広がっていく。


『──バースター全機、発艦!』


 局長であり艦長であるゴードンの命令一下、サンドゥンのいたるところから、バースターの軍勢が次々に出撃する。

 それは暗黒の中にあって、綺羅星のような輝きを放っていた。


 ボドウ・アカネもまた、サンドゥンから射出された。

 宇宙空間で四肢を駆使することで少ない推進剤のもと、体勢を維持し。

 彼女は天使の群れへと突き進む。


 戦端は、すぐに開かれた。

 バースターたちが荷電粒子投射装置の引き金を、一斉に引く。

 能天使級がくちばしを開き、無数の雷球を射出する。

 ぶつかり合う光と光。

 その光を引き裂いて、闇そのものであるカラメイトが進む。


 目前に現れた能天使を、その巨大な腕で一瞬のうちに引き裂き、背中から伸びる制御翼のなれの果て──吸収副腕アンバイン・サブアームが、躍りかかってきた大天使を串刺しにして、容赦なくそのエネルギーを吸収する。


 エイジオン・カラメイトは、エネルギー効率が最悪だった。

 常に最大限の力を発揮するため、過剰なほどのエネルギーを必要とする。

 自前では賄いきれないエネルギー。その慢性的な不足を解消するため、カラメイトは次々に天使を屠り、捕食していく。


 殴れば外殻ごと天使のコアは砕け、蹴りつければHEATパイルが敵を貫く。

 周囲では僚機が奮闘している。

 だが、彼らはカラメイトには近寄らない。

 それは、本能的なものだった。


 バースターが一機爆散する。

 天使が一体、光になって消えていく。

 無数の命が、輝きを放ち殺しあう。それは、一進一退の攻防。

 激戦の渦中で、アカネは──


『がっ、があああああああああ──』


 ただただ、苦痛にうめいていることしか、できなかった。

 カラメイトの暴走したエネルギーは、バースの過給状態と同じくコックピットに容赦なく流れ込む。

 アカネの全身は紫電にさいなまれ、激痛と苦しみにあえぐことを強制される。

 心も体も、いまにも引き裂かれてしまいそうな苦痛が、そこにはあった。


(あいつは……ずっとこんなものに乗っていたのか……)


 彼女は考える。

 カラメイトは極端なエイジオンだ。

 だが、その設計コンセプトは、プレインの時から何も変わらない。

 エイジオンは常に過給状態で戦うバースだったのだ。


(この事実から紡ぎだされる結論は──)


 アスノ・エイジという存在が、人々を守るために、痛みに耐え続けてきたという現実だった。

 ひとりで背負いきれないものを、背負い続けてきたという事実だった。


(バカめ。大バカめ。だから、そんなになるんだ。だから傷つくんだ。バカが、バカ、バカ……)


 眼前の力天使を、カラメイトが握りつぶす。

 戦えば戦うほどに、彼女はエイジという存在を知っていく。

 エイカリナに異常が生じているのか。

 あるいはもっと別の原因があるのか、アカネにはわからなかったが。

 彼の記憶が、彼女の中に流れ込んできていた──


§§


 〝星の子〟とは、人の意志ではなく、サンドゥンの意志が産み出した存在である。

 かつて地球を一己の生命機構として表現する学説──ガイア仮説というものが存在した。

 あらゆる命が有機的につながって、一つの星を形成しているという論説。

 それは正解であり、あるいは間違っていた。


 地球で産まれた生命は──

 それでも、地球という星は己を守るために活動した。

 たとえ星としての姿を失い、ひとつの戦艦になり果てても。


 地球が、己を守るために産んだ子ども──それこそが〝星の子〟であり、そのうちの一つが、アスノ・エイジという男の正体だった。

 無数の犠牲と、膨大なエネルギーを消費して、エイジは生まれ落ちた。

 アカネが初めての任務の日、異常なほどの質量と電力が、天使の襲撃によって失われたことになっていた。

 だが、あれこそがエイジの誕生に費やされたものだったのだ。


 ある人間を起点として、その生涯すべてを使い、過去も、未来も食らい潰して。

 アスノ・エイジは、あの日サンドゥンへ。

 ボドウ・アカネの前に現れたのだ。


「俺という存在は、連続性がないものだ。かつて存在した誰か、未来に存在する誰か。同じもので、そして違う。だけれど、人間の営みから外れたものであるという事実は動かない。俺は、所詮〝星〟が必要とした、理解のための外付けデバイスに過ぎない」


 7年前、ひとりの少年が──〝星の子〟が約束を交わした。

 その約束を果たすため、13年後の、滅びるはずの未来から。

 20年分の時間を費やして、因果を無理やりにつないで、ひとりの男がやってきた。


 超人アスノ・エイジ。


 彼の存在理由は、星の未来を繋ぐこと。

 惑星としての地球──戦艦サンドゥンの確定された滅びを、回避することだった。


「だが、それは義務でしかない。命も、意志も伴わない俺は、ただ命令をこなす装置でしかないはずだった──生きていないのだ、アスノ・エイジは。生きるということを、何も知らなかったのだ」


 ゆえにエイジは、自らの名前を、何度も繰り返し名乗った。

 自分という存在を世界に刻むために、自らの、アイデンティティを忘れないために。

 彼は〝星の子〟。

 守るべきは、人ではなくサンドゥンであり──


「だけれど、彼女が──教えてくれた」


 エイジの思念、あるいは独白のようなそれは、彼以外誰も知らない光景をアカネに見せる。

 アカネは見た、その絶望を、記憶の中で。


(13年後、人類はサンドゥンごと滅びるはずだったのか。今と同じように、天使の巣窟へ乗り込んで、敗北して)


 アカネの知覚をよぎる幻は、砕け散ったサンドゥンの姿。

 そして、その船上で独り、慟哭する黒衣の男の姿だった。

 彼の腕の中で、自分が死んでいるのを、アカネは見た。


(これが、あいつの記憶。あいつの起源──)


 この過去を──この未来をもって、エイジは今の時間軸へと因果を結び、現れた。

 人類を見守る、アイサイトとして。


(護衛視……アイサイト──あいつは、人類がサンドゥンを滅ぼさないためにいた存在なんだ。だというのに、あいつはあんなにも人間を守るって、自分に言い聞かせて……どうりで、主機代理室が存在しないわけだ。あれは、これから設立されるものだったのだから……星の声を代表するエイジのために、作られる部署だったのだから──!?)


「──!」


 記憶の海からアカネは強引に引き戻される。

 警報が鳴り響いていた。

 ハッと顔を跳ね上げ、計器を確認すれば、サンドゥンと天使の距離が近づきすぎていた。


 赤いコクピットの中で視線を走らせる。

 超弦跳躍までの時間は、残り1700セコンド。

 サンドゥンに残った旧式のバースが、次々に荷電粒子投射装置を放つ。

 牽制と、押し寄せる天使から距離を保つために。


 すでに一部のバースターは撤退を始めていた。

 どの機体もエネルギーの使い過ぎ、あるいは常套手段を使った結果、尾部の量子帯が3から2本まで減少していたからだ。


『あたしが殿しんがりを務める! 全機後退に移れ……!』


 すべての楽士をまとめる楽士長として、彼女は次々に命令を飛ばす。

 同時に、サブアームを全開し、寄り付く天使を根こそぎに破壊する。

 かぎづめを突き立て、HEATパイルの残りをすべて打ち尽くし、触れるだけで天使を殺す悪魔となりながら。

 やがて──


 サンドゥン号から、跳躍準備完了の合図が送られる。


 すぐさま踵を返すカラメイト。

 すべてのバースターが、サンドゥンの外壁へとしがみつき、寄り付こうとする天使たちへと荷電粒子投射装置を一斉放射する。


『いまだ! 超弦跳躍タイト・ジャンプ──はじめ!』

『タイトジャンプはじめ!』


 ゴードンの命令を主機係が復唱し、そして、彼女たちは跳躍した。

 因果の向こう側。

 サンドゥンが行きつく未来。

 天使の巣窟。

 そこは──


「うそ……でしょ……?」


 アカネは、絶望に呟いた。

 そこは。



『『『『『『『『RUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!!』』』』』』』』



 天上を輝く光が照らし、大地はなく代わりに雲海が垂れ込める黄昏の空間。

 中央に坐す巨大な〝なにか〟の周辺には。


 億を超える数の熾天使が雄たけびを上げる、そこは──地獄だった。


 アカネが見た未来よりも、よほど悍ましい光景がそこにはあった。

 膨大な熾天使の群れが、サンドゥンへと肉薄する──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る