第二十六曲 少女と絶望と復活の護衛視

『こちら楽士087! 足をやられた! くそ、撤退す──うわああああああああ!?』

『087!? どうした応答せよ!? ヒッ!? バ、バケモノ……あああああああああああ』

『こちら最前線! クワイア本部に状況を、ああくそったれ! 黄昏が3! 虹色が7! 繰り返す、黄昏が3、化け物が世界の7割を──』

『熾天使! 熾天使! 熾天使! どっちを向いてもバケモノしかいない……いやだ、死にたくない……やめて!? わたし首は、そんな方向に曲がらな──』


(クソッ!)


 次々に飛び込んでくるオープン回線の通信。

 そのすべてがパニックと恐怖、そして自暴自棄に近い無茶に支配されていた。

 アカネの目の前で、熾天使がバースターを飲み込む。

 ボリボリ、ムシャムシャと。

 楽士ごと機体は噛み砕かれ、嚥下される。


 剣のような翼で切り刻まれるバースターがあった。

 熾天使の眼球より放たれるレーザーが、20機近い機体のコックピットを、正確に射抜き破壊した。

 蹴りつけられれば、バースターの装甲は引きちぎれ。

 殴り作られれば、ぐしゃりと潰される。


 圧倒的戦力差の前に、アカネの同胞たちは、あっという間に窮地に陥っていた。

 熾天使。

 それは死の象徴。

 エイジオン以外では一度として人類が勝利したことのない、虹色の化け物。

 それが、億の数で人類へと襲い掛かっているのだ。

 サンドゥンの全人口よりも多い敵の数に、完全にクルーたちは震えあがっていた。


「こんのっ!」


 襲い掛かってきた熾天使を、ゴーズ・レノクロスで素粒子単位まで分解しながら、アカネは救援に急ぐ。

 しかし、どれほど彼女が過酷な訓練を積んできたと言っても、それは大天使までを想定したもの。

 エイジの戦いを間近で見続けてきたからこそ、熾天使一体一体とは渡り合えるが──


(絶望的に、手が足りない……!)


 倒しても、倒しても、倒しても──なお無尽蔵に、熾天使は現れ出でる。

 彼女が熾天使を一体倒す間に、熾天使は10のバースターを殺す。

 楽士を殺す。

 そして、とうとう戦列が破られて──


「きゃあああああああああああ!?」


 熾天使は、サンドゥンへと、侵入を開始する。


『なぁ!? こちら赤服606号! 臨時楽士長ボドウ・アカネ! クワイア本部──いや、統括局応答せよ!』

『──アカネ』


(この声は、叔父様か?)


『叔父様! 今すぐそちらへ行きます! どうかご無事で!』

『無駄だ。私たちは、見誤ったのだ』

『なにを言いますか!』


 ゴードンと口論を交わす間にも、アカネはカラメイトの制御翼を翻し、サンドゥン号の内部へと戻るため、飛翔する。

 熾天使を避けながら、稲妻の軌道で飛ぶ彼女の耳に、ゴードンの声が届いた。

 それは、彼女がこれまで聞いたこともない弱々しいものだった。


『間違えた、失敗した、母星を犠牲にした私たちは、だからこそ対価を支払い続けるしかなかった──そこを、そそのかされた』

『唆されたとは、誰に?』

『……母なる星を蔑ろにした私たちは、きっと恨まれていたのだ。いや、そう思い込んでいた。だから〝星の子〟を信用しなかった。彼が──アスノ・エイジが喪われた存在の再来だと知り、私たちは監視を始めた──おまえを監視につけたのだって、それは彼の動きを制限するためで──違う、私は、おまえを守りたくて────』

『叔父様! しっかりしてください!』


 音声に雑音が混じる。

 苦し気なゴードンの独白が、断続的に続く。


『……天使は、あの男を目指して現れるのだと思っていた、そうに違いないと思い込んでいた……地球が、私たちに復讐するためにそうしているのだと……だが、因果はそうではなかった……』

『因果?』

『〝カウンター〟が言ったのだ。この試練を乗り越えれば、もはや天使が人類に害をなすことはないと。私たちはそれを信じてしまった……地獄を超えるために、計略を巡らせ、〝カウンター〟と共謀し、アスノ・エイジからおまえにエイジオンを受け渡した。おまえを一番安全な場所に逃がしたくて──ああ、来るべき破滅を早めると言われて、私は戦うしかないと思ってしまったのだ……』

『なにを言っているのか……今、行きますから……!』


 ゴードンの言葉は錯乱を極めていて、アカネにはうまく理解できなかった。

 それでも彼のもとに駆け付けるべく、サンドゥンの外壁を蹴り破り、アカネは内部へと投入する。


 居住区は──もはや地獄のようなありさまだった。

 無数の熾天使が好き放題に暴れ、逃げ惑う人間たちを、次々に殺戮する。

 勇敢に立ち向かう楽士たちは、残虐に殺され。

 必死に避難を続ける人々は、嘲るように殺された。

 熾天使だけではない。力天使、能天使、大天使。そして小型天使までもが跳梁し、人々を、サンドゥンを蹂躙し続けていた。


『天使めえええええええええええええ!!!』


 落下の勢いのまま、カラメイトは熾天使を一体撃破する。

 だが、そこで胸のエネルギーコアが、一気に光を失う。


『ふざけるな、動け!』


 背面のサブアームを、飛びかかってきた熾天使に突き刺し、エネルギーを強制的に奪い取る──が、その隙をつかれ、サブアームを別の熾天使の剣翼に切断されてしまう。


『私たちは、勝てると思っていたのだ。このつらく険しい航海を終えられると──だが、アスノ・エイジは、それが間違いであることを伝えるために遣わされたものだったのだ……あれは、この結末に至らないために、私たちを守り──そうだ、私たちはしょせん……〝カウンター〟の手のひらの上で踊る──』

『泣き言は!』

『────』

『泣き言は後で聞きます、叔父様! そんなことより、全体の指揮を執ってください! あなたは、叔父様は──この船の、艦長でしょうがあああ!!』


 アカネの叫びが、轟く。

 ゴードンはそれっきり沈黙したが、まだ彼が詰めている統括局までは熾天使の攻勢が及んでいないことを、アカネは確認した。

 駆け付けようと、身を翻したとき、彼女はぞっと肌が粟立つのを感じた。


 機体のカメラを巡らせる。

 遥か彼方。

 商業区画のツインタワーの頂上から、彼女を見下ろす影があった。

 赤い服に、不自然に長い茶髪と、奇妙に白い歯。

 そして、虹色の瞳。

 愉悦に歪んだ笑みを浮かべるそれが、アカネには、先任楽士のサクライ・アキラに見えた。


『先輩殿……?』


 アキラの──カウンターの口元が、小さく動く。


「さあ、ここからが本当の試練だ」


 アカネには、彼がそう言ったように見えた。

 次の瞬間、カラメイトを無数の攻撃が襲う。

 ハッと意識を先頭に戻すと、いつのまにか周囲には100体近い熾天使が存在していた。

 それが、一斉にカラメイトに向けて螺旋の熱線を浴びせかける。


『がああああああああああああ!?』


 どれほど優れた装甲を有するカラメイトであっても。

 それは、明らかに許容量を超えた、飽和攻撃だった。

 やむことのない雨のように打ち付ける無数のレーザー、ビーム、打撃──その驟雨にさらされて、ついにカラメイトが膝をつく。

 ボゴボゴとコアの内部が沸騰し、アカネの全身に許容量を超えた激痛が走る。

 そして、ついに──


『そん、な──』


 カラメイトの暗黒の装甲が、糸となってほどけた。

 残ったのは、黒が侵食した、白い素体のみ。

 か弱い素体のみで、アカネはなお立ち上がろうとするが、熾天使はそれを許さなかった。

 再び、無数の熱線を投射され。

 エイジオンは、機体を維持出来なくなった。


「あ……」


 力尽き、宙に投げ出されるアカネ。

 その体は、地面へと叩きつけられ、三度跳ねる。


「ぁ……ぁぁ……」


 傷まみれの全身からは、赤い血が流れ。

 その手に握っていたはずのエイカリナは、どこかへと吹き飛んで行ってしまった。

 周囲は無数の集中砲火で軒並み破壊され、瓦礫と、土煙がもうもうと立ち込めている。


『ZIIIIII?』


 がさがさと音を立て、複数のなにかが近づいてくるのを、アカネは感じた。


(だけれど、もう、指一本だって、動かない)


 満身創痍。

 肉体も、精神も限界を迎え。

 それでもアカネは、歯を食いしばる。


(違う、ダメだ……勝つんだ、守るんだ。だってあたしは……あたしは……!)


 ぶるぶると震える手を地面に突き立て、爪がはげるほど強く、地面をひっかいて。

 彼女は、半身だけを、何とか起こして。


『ZIIIIIIIIIIIII!!!』


 7体の小型天使が、いままさに自分を殺そうと集まってきている光景を、目にした。


「…………」


(こんなところで)


「…………」


(あたしは、誰も守れずに)


「…………」


(ああ、どうせ死ぬのなら)


「……最後に」


(最後に、おまえの顔が、見たかった)


「…………」


 小型天使が、その凶悪な腕を振り上げる。

 ぎゅっと。

 アカネは固く、目を閉じる。


(この残酷な現実が紡ぐ結論は──)


 数瞬先の死を自覚して、彼女は祈った。

 神でもなく、ガイア教にもでもなく。

 なにかに。

 そして──



「────?」



 その一瞬は、訪れなかった。

 代わりに、旋律が鳴り響く。

 風に寂しさを問いかけるような、あるいは勇壮に一歩を踏み出すような、もしくは別れを惜しむようなメロディーライン。

 彼女はゆっくりと目を開ける。


 小型天使たちが、浮き足立った様子で周囲を警戒している。

 やがて、旋律は一つの形をとる。

 土煙の中から、少しずつ、しかし確かな足取りで。


 長身で、短髪。

 黒い制服に、つば広の帽子。長い風になびく赤色のマフラー。

 そして、吹き鳴らすエイカリナ。


「あ」


 その男は。


「あ、あ」


 彼は──


「あああ、あ──!」


 アカネは、涙とともに、その男の名を呼んだ。


「エイジ……っ!」


「そう、俺の名はエイジ! 天下無頼のアイサイト──アスノ・エイジだ!」


 復活の英雄は。


 不敵な笑みとともにエイカリナを構え、小型天使へといま挑む。




第5章 黒き復活のアイサイト──終わり

第6章 響く産声のエイジオン──に続く

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