第6章 響く産声のエイジオン

第二十七曲 少女と時を超えた男とカウンター

「セェーイヤッ!」

『ZIIIIIIIII!?』


 エイカリナの刃が、的確に小型天使のコアを刺し貫き、破壊する。

 背面から追い来る小型天使を、着地と同時に後ろ回し蹴りで吹き飛ばし、さらにもう一体、掌底で薙ぎ払う。


 煙の中で残身を取るエイジは、乱れた帽子の位置を、そっと直した。


「ああ、やっぱり落ち着くな、この帽子は」

「それは」

「分かってる。病室に置いてあった箱の中身だよ。わざわざアカネが作ってくれたんだろ? 

「あ、ああ、ああああ」


 口元に手を当て、ぼろぼろとアカネは号泣する。

 帰ってきたのだ、その男は。

 長い長い月日を超えて、いまこそ完全に。

 アカネの中で、彼についての記憶がすべて蘇る。なかったことにされていたすべてが、因果が結ばれたことで、途絶していたすべてが──


「遅いのよ、バカッ!」

「早かったさ、予定より13年もね」

「これは、奇跡なの……?」

「違うよ、アカネ」


 言いながら、またエイジは小型天使を屠る。


「〝ぼく〟が〝俺〟として戻ってこられたのは、奇跡なんかじゃない!」


 彼は笑顔で語る。

 その、長い旅路を。


「俺は生まれながらの〝星の子〟だった。命の意味を知らなかった! だから、近い将来人類が亡びるとサンドゥンに教えられても、何も感じなかった! だけど!」


 彼は屠る、天使を一体。

 エイジは見る、アカネを。


「君が教えてくれた! 君と同じ歳月を歩むうちに〝ぼく〟は! 確定した未来を変えたいと思った! その決意をしたのが、7年前だ! 起こるはずの破滅はその時から20年後……いまから13年後のはずだった! でも、この通り間に合わなくなって──だから!」


(そう、だからこの男は、時を超えてきたのだ。いまならわかる。13年後の未来の自分を、7年前の自分を抹消することで、あの日──こいつの命日に、生み出したのだ。たったひとつ、人類を守るという目的のために、アスノ・エイジという星の子を!)


「エイジオンは完成していなかった。それでも、あのタイミングしか、アスノ・エイジが現れる因果を作れなかった。だって、そのあとすぐに、アカネは死んでしまうはずだったから。〝ぼく〟は、俺は──君を失いたくなかった! 君だけが、〝ぼく〟の意志が消えても、生きていると教えてくれる指標だったから!」


 アスノ・エイジが時間跳躍を行う上で、その因果を立証しうる人物は、ボドウ・アカネをおいてほかにいなかった。

 だが、エイジが知る未来では、アカネはあの日死んでいたはずなのだ。


「君はいつ死んでもおかしくなかったんだ。だからお守りの髪留めを置いて行った。そして〝ぼく〟は──俺は、いまここにいる! 君を、アカネを──人類と地球を救うために!」


 誰よりも自分がイツワリでないかと悩んだ彼女が。

 星の子として生まれた彼を肯定したから──誰もが忌み嫌った彼を、個人として認めたからこそ、この未来があったのだと、エイジは語る。


「そう、だからこれは──君が紡いだ結論は、奇跡でも何でもなく、当然の、必然の、運命だったんだ!」


 彼は口元にエイカリナを当てる。

 すでに無数の天使たちが、彼の存在を悟って集まってきていた。


「────」


 アカネは拳を握る。

 その胸では、いま熱いものが燃えていた。

 モヤモヤとした想いは、もはやどこにもない。

 彼女は想いのまま、叫ぶ。


「──行ってこい、エイジ! 行って、正義をやってこい!!」


 アカネはぐっと、拳を突き出す。

 エイジは笑って。

 旋律を奏でた。


『闇に逢うては闇を切り、光とともに未来アスを紡ぐ! 俺はエイジ──エイジオン・プレイン!! 祈りの願いが、俺を呼ぶ!』


 彼は名乗る。

 自らを定義し続けなければ、自我すら危うかった星の子は。

 ひとりの少女の信頼とともに、人々を守る英雄として。


 光の殻を突き破り、エイジオン・プレインが姿を現す。

 立ちはだかるのは6体の大天使。


『まとめていくぞ! 部分的構造最適化ジョーゼット! 不断量子拘束帯シーチング・イカット!!』


 脚部、制御翼、腕部、すべての動きを効率化したエイジオンは、赤い流星となって上空へ飛び上がる。

 そして鬣から、拘束帯を射出。すべての大天使の動きを封じる。

 制御翼を背面で全開にしたエイジオン・プレインは、大天使へと突貫した。


「六連──ヒィィィィィトォッ! パアアアアアアアアアアアアアアアアアアイルッ!!!」


 ガン、ガンガンガンガンガン!!


 撃鉄の音ともに高速流体金属がパイルバンカーから射出され、天使のコアを軒並み破壊する。

 衝撃。

 エイジオンを、能天使と力天使が取り囲む。


「エイジ!」

『分かってる! 次は、これだ──』


 再びエイジオンの全身を光の卵が覆い、軽快な旋律があふれ出す。


『折り目正しく、清めよまぶしく! 清冽、誠光、この手は届く! 俺はエイジオン・トゥイル! 我が動きは流水のごとく!』


 青い体のエイジオンが、両腕を一閃。

 二の腕から伸びた超振動刃ヴィブロエッジが能天使を両断。

 さらに、そのまま、エイジオン・トゥイルは両腕を交差──


超振動刃・結合ハーモニックシザース! 一切ラジャ両断理論刃ダンガリー!!』


 結合した巨大裁ちばさみを振り回し、寄ってきたすべての力天使を裁断する。

 だが、天使の猛攻はやまない。

 熾天使の群れが、エイジオンへと襲い掛かる。


『──この力も、守るためにあるものだ!』


 エイジオンの全身を包む、暗黒の力場。


『闇を恐れず、ともに歩く! 終焉、恩讐、彼方にありて! 俺はエイジオン・カラメイト! 己の弱さと、邪悪を討つ!』


 完全に制御されたカラメイトの全身を、赤いエネルギーラインが疾走。

 紫電を纏う巨大な両腕が、回転とともに叩きつけられる。


潮汐力破壊拳ゴーズ・レノクロス!』


 回転によって威力が加速度的に上昇させた連撃を浴びて、熾天使もまた、たやすく引き裂かれていく。


 それは、まさしく守護者の姿だった。

 天使から人々を守る英雄の背中を、アカネは涙を何度もぬぐいながら見ていた。

 目を離すことはできず、しっかりと眼を開いて、脳裏に焼き付けて。


 そんなときだった。


「どうやら、ここまでは漕ぎ着けられたと見える」


 その虹色が、アカネの隣に姿を現す。


「誰だ!」


 思わず飛び退り、誰何の声を上げるアカネに、虹色の眼球を持つ男は応えた。


「我々は〝カウンター〟。君たちにわかりやすく言えば──否──理解できるまで君たち知的生命体の成長を待った我々こそ──」


 男は、嘲笑とも侮蔑とも、あるいは慈愛ともつかない笑みで、言った。



「君たちの、造物主ちちおやだ」

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