第二十八曲 少女とカウンターと生命の起源

抵抗カウンター……君たちの語彙に合わせればそうなる。いや──君たちが理解できるようになるまで、我々が待ったというべきかな?」


 男は語る、おぞましい真実を。

 エイジオンと天使たちが、戦い続けるその横で。


「パンスペルミア説というのを知っているかな? 知っているはずだ。命の起源は、宇宙の遥か彼方から漂流し、惑星に落ちた生命の種子によるもの……という古い学説だよ」

「それが、なんだっていうの?」


 油断なく端末を構えながら、アカネは問う。

 しかし、カウンターを名乗る男は、拍子抜けするほど呆気なく答えた。


「なにもかにも、それが答えなのさ。我々は遥かな過去、いくつもの宇宙に向けて種子を放った。そのうちの一つが生まれたばかりの惑星──地球へと流れつき、進化のはてに、君達を生み出した。そう、いうなれば地球は母親──我々は君たちの、父親なのさ」

「……頭いかれてんのか、クソ野郎」


 罵倒とともに、アカネは端末の引き金を引く。

 だが、すぐに目を見開くことになった。

 端末が操作できないのだ。

 男が、ニヤリと笑う。


「無駄だ。それは我々の文明の端くれ。遥かな過去の劣化品。止めることなど容易いのさ。さて、話を続けよう」

「何の話をするってのよ……わかったわ、あんた、天使ね?」

「……君たちは、我々をそう呼称しているね。そうなるように、育ってくれてよかった。でも、それだけだ」

「どういう意味よ? 今この瞬間、あんたらはあたしたちを滅ぼそうとしている! それが答えじゃないの!?」


 アカネの激高した問いかけに。

 やはりカウンターは、奇妙な笑みで応じる。


「滅ぼそうとしているのではない。さらなる進化を期待しているのだよ」

「なに?」

「生物は、ある一定レベルの知的水準を得ると、途端に進化を止めてしまう。進化の袋小路。怠惰ゆえの停滞。殺しあうだけの無意味な利権抗争。アーカイブスを君は覗いたことがあるだろう、愚かな人類の歴史を。どこも同じさ、どんな我が子たちも、同じことを繰り返す。。だからだ。だから──試練を与えなくてはいけなかった」

「試練」


 そう試練だと、カウンターは表情を改めた。


「我々は抵抗だ、カウンターだ、ストレスだ。生ぬるい平穏につかり、怠惰とともに安楽し、歩みを止めた生命にくだす鉄槌の試練だ。我々は生命を、滅びへと誘う。その瀬戸際まで追い込む。そうすれば、君たちは必死になって状況を覆そうとする。結果、人類が何を選んだか──君は知っているだろう?」


 それは。


「……地球を材料にした、外宇宙への進出」

「そうだ! 君たち人類は、ひどく遅い歩みではあったが、宇宙への進出を果たした! いくつもの種が宇宙へと旅立ったが……だが、まだだ、まだ足りない! さらなる進化を! 宇宙の霊長にふさわしい、さらなる発展を! 我々はそれを願い、君たちに使者を送り続けた。天の御使い──天使をだ。そうだ、天使はを狙っていたのではない。我々は初めから、目印マーカーつけて生命の種子を送り出した──君たちのDNAに!」

「そんな」

「なぜ遺伝子を標的に天使が現れたのか? なぜ君たちは命の危機にさらされ続けたのか? その答えはひとつ──君たちが追い詰められなければ前に進めないほど、幼かったからだ!」

「そんな──そんな理由で、貴様らは人間を殺したのかッ!!」

「おっと!」


 たまらずに殴りかかったアカネを、カウンターは容易くかわす。

 そうして、背中から虹色のオーラを噴出すると、天高く昇っていく。


「星の子の存在を我々が見逃したのも、そして13年後に起こるはずだったこの試練を今日まで早めたのも、君達に危機感を持ってほしかったからさ。さあ、それでは始めよう、最後の試練を! 愛しい幼子たちよ、未熟な種子よ、どうか最後まで、抗って見せ給えよ!!」


 そして、カウンターは真の姿を現す。

 その肉体を虹色の核として。

 あまりに禍々しく──神々しい姿へと!


『──ついに出てきたか。すべての元凶……天使の首魁め!』


 エイジが吠える。

 〝それ〟が、嗤う。


 全長45メートル。

 6対12枚の翼と、三又の尻尾を持ち。

 三つの首、七つの頭を持つバケモノ。

 その頭部では王冠がきらめき、獅子に似て、蛇に似て、鰐に似て、空想上の竜に似る極限。


人類存亡敵性体デッド・カウンター! 堕天使級ルシフェル!』


 エイジが叫び、剛腕を振りかぶって飛びかかる。

 堕天使は──


『これは、神意プロビデンスであり過酷な試練ディシプリンである』


 荘厳なる闇を、虹色の輝きを放出した。


『グッ、あああああああああ!?』

「エイジ! きゃあああああああああああ!!?」


 悍ましい虹色が、一瞬でカラメイトの装甲をすべて破壊。

 ボース=アインシュタイン凝縮など無意味とばかりに打ち砕く。

 エネルギー切れを起こし、素体に戻るエイジオン。

 彼はそれでも挑みかかろうとして、気が付く。

 堕天使の七つの口に宿る破壊の光が、自分ではなくを狙っていることに──


『アカネェエエエエエエエエエエエエ!!!』

「──────」


 飛び出したエイジオンは、アカネを守り。

 戦うための破壊の腕ではなく──その柔らかな手で、アカネを優しく覆った。

 そして、破壊粒子の奔流を、一身に浴びる。


 あまりに莫大な力が、エイジオンどころか、サンドゥンの外殻を溶解、蒸発させ、巨大な穴をあけた。

 強烈な破壊は、地球と同サイズの宇宙船の中心付近──主機である六次元超弦出力装置にまで及んだ。


『こんなものかな? この程度でしかないのかな、エイジオン! 結末を見た星の子よ! これで終わりか! 哀しいな、ああ、哀しいな! アハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハ!!!』


 哄笑を上げる堕天使。

 その声音は轟雷の様で。

 だから、カウンターは気が付かなかった。

 その時、人類がなにをしていたのかを──


『皆さん、祈りましょう』


 仮面の教主──ガイア教団の教主が。

 すべてのチャンネルに、訴えかける。

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