第二十九曲 少女と神と最終決戦

 エイジとアカネが戦い続けている間、サンドゥンのクルーが無力であったかといえば、そうではなかった。

 とくに赤服、楽士、エリートと呼ばれた彼らは、この場にあって誰よりも使命感に燃えていた。

 敵わない敵を前にして恐怖に打ちのめされながら、それでも一般クルーたちを安全な区画へと退避させることを止めなかった。


「俺は見たんだ、信じてくれ!」


 ひとりの赤服が言った。


「英雄が! あの英雄が、もう一度戦っているところを見たんだ! 素手で天使を殴り飛ばしていることろを!」


 その言葉を笑うものはいなかった。

 夢物語だ、恐怖が見せた幻想だと、嘲笑うものは、そこにはひとりもいなかった。

 彼らは思った。

 ならばこそと。


「俺たちが戦うんだ」

「私たちが守るんだ」

「僕たちはなんだ?」

「我らは──天使を打倒し、人々を守る盾だ!」


 その言葉は。

 彼らの士気は。

 打ちのめされていた一人の男に、わずかな気力を取り戻させる。


 サコミズ・ゴードン。

 ボドウ・アカネの叔父であり、養父であり、この船の最高責任者である男。

 彼の脳髄は、ようやく被害状況を把握し始めた。


 カウンターの手中にはまり、クルーを危機にさらした後悔。

 愛しいアカネを危険の最前線へ立たせた失態。

 その苦渋を噛み締め、しかし彼は立ち上がる。


 だけれど、なにをすればいいかまではわからない。


「前線に、私も、機体に乗って──」

「いいえ、違いますよー。あなたはここで、指揮をとるべきなんですー」


 どこか気の抜けた、やさしげな声音にゴードンが振り返ると、そこにはすっぽりと覆面をかぶった、蒼い筒のような衣服を身にまとう存在──ガイア教団の教主の姿があった。

 主機管理室──サンドゥン号の操作を一手に担うその部屋に、いつのまにか現れていたのだ。

 ゴードンの周囲にいた護衛の者たちが、慌てて武器を構えようとするが、彼はそれを制する。


「どういうことだ?」


 ゴードンの問いかけに、教主は、


「簡単なことですよー、あなたの想いを、素直に届ければいいんです。あなたの愛する人に。あなたを頼ってくれるすべての人に。さて、マイクをお借りしますよー、カメラもです」


 そう言い放つと、ずかずかと室内を横断し、勝手に機械類を操作し始めた。

 そうして、


「準備はいいですか、サキブレ・イズレさん? ガイア教団のナンバー2、次の教主候補さん?」

『もっちろんですよ教主様! S・B・Cは、独占生放送です!』


 画面の先で答えたイズレに応じて。

 そして教主は、全艦放送で訴えた。

 すべての、生けとし生けるクルーたちへ。


「聞こえますか? 聞こえていますか? サンドゥンのクルーたち? ガイア教団の信徒たち、勇敢な楽士たち、そして──あなたたちに、わたしは──ガイア教団の教主であるわたしは、告げなくてはいけません」


 教主は落ち着いた様子で、言葉を重ねる。


「ガイア教団は、恐ろしい旅の道行きを危惧してきました。そして、結果としてですが、それは現実になりましたね? この地獄は、わたしたちの旅路の果てです。この極限の虚空こそが、わたしたちの行き着いた先です」


 その言葉を聞いて、多くのガイア教の信徒が崩れ落ちる。

 嘆きの声を上げる。


「安住の地を探せばよかった、天使など無視すればよかった、倒そうなどと思わなければよかったと、あなたたちは苦しむでしょう。ですが──それでも! わたしたちは、ここまでやってきたのです」


 教主の言葉が、わずかに熱を帯びる。

 信徒たちが、それ以外の苦しむ者たちが、顔を上げる。

 教主は、続ける。


「わたしたち人類は──あの天使の首魁が、宇宙へまいた種より産まれました」


 その言葉は、クルーたちに衝撃を与える。あるいはその心を完全にへし折るほどに。

 それでも、教主は真実を口にし続ける。


「彼らが命じたとおり、彼らが企図したとおり、我々は宇宙へ進出し、天使と戦い、いまの状況にあります」


 残酷な真実を突き付けられ、知っていたはずのゴードンさえも、顔色を変える。

 それでも、教主は語ることを止めない。

 むしろ、いっそう強く、口にする。


「その航海のさなか、命の営みはねじれました。本来ならまぐわいを持って生まれるべき、血肉を分けて生まれるべき命は、シックス・ディメンション・プリンターによって出力されるようになりました。わたしには、それが許せなかった。だって、保存された意思があっても、それは結局、死者と変わりないのですから。再び生まれる人間なんて、別人なんですから。サンドゥンは──それを構成する地球は〝違う〟と叫んでいました。教主であるわたしだけは、その声を聴くことができました。その意味が、ひとを元の暮らしに戻すべきだと、わたしは考えていたのです。ですが──それこそ〝違った〟のです」


 そこで。

 教主は、自らのかぶる仮面に手をかけた。

 そして、それをゆっくりと外す。

 覆面が、一緒に脱げる。


 放送を聞いていた、映像を見ていた多くのものが、あっと声を上げた。

 浅黒い肌、肩までの金髪、蒼い瞳。

 ラブロック・マイリスの姿が、そこにあった。


「わたしは、彼女たちの生き様を見た。映せていますか、イズレ?」

『ばっちりです!』


 最前線を走り回るサキブレ・イズレの端末は、戦い続けるエイジオンの姿を映していた。

 次々に姿を変えながら、天使を屠る英雄の姿を。


「アスノ・エイジ。彼は戦艦となり果てたこの星が産み出した、いびつさの結晶のようなものです。しかし、彼は誰よりも愛深きものでした。生命の正しい在り方は、愛し合うこと。それは、地球があったころと、何も変わっていなかった。わたしは彼らの戦いを通じて、それを思い知りました。彼と──彼女、ボドウ・アカネの献身を見て」


 ざわつく。

 クルーたちが。

 なぜなら、アスノ・エイジとボドウ・アカネの名を知らないものなど、もはやこの船にはいなかったからだ。

 彼らのふるまいを知らないものは、一人としていなかったからのだから。


「今こそ告げましょう! アスノ・エイジに罪はなかったと! 彼は純然たる、人類の守り手だったと! 彼はただ、ひとりの少女を守るために命を投げ打った、勇敢な男だったと! そして、それに少女は応えたのです。わたしは、そしてあなたたちは見た! 必死に滅びへと抗う、命の輝きを! 支えあう人間のありさまを! それを──間違った生命の在り方と呼ぶことは、今やわたしにはできません! だから!」


 映像の中で、エイジオンが敗北する。

 堕天使が破壊を解き放ち、サンドゥンに激震が走る。

 すべてのものが息をのむ中で。

 教主は──アカネを見守り続けたマイリスは、その言葉を口にしたのだ。


「皆さん、祈りましょう」


 彼女は、端末を握り、口元に当てる。

 その行動を察して、イズレが以前入手していた譜面を再配布する。

 それは──


「……さあ、ここからはあなたの出番ですよー? 局長?」

「────」


 マイリスのウインクを受け止め。

 サコミズ・ゴードンは。


「分かっている……!」


 高らかに、声を上げた。


「総員に達する! これより私たちは、最後の戦いに向かう! ! 吹き鳴らせ──英雄の凱歌を! 祝福の歌を!」


 彼もまた、端末を口へと当てた。

 逃げることを声高に訴えたものも、戦い続けたものも、どちらでもなかったものも。

 いま、クルーたちの心が、ひとつになる──


§§


『こんなものかな? この程度か、〝星の子〟よ? 人類を見守る役目もこれまでかね? ああ、ならば君たちは失敗作だ……滅ぼすしかない……!』


 悲壮感を漂わせながら、堕天使──アキラの姿をしたカウンターは泣くように笑う。

 だが、そんなカウンターの耳に、奇妙な音色が届いた。


 風に寂しさを問いかけるような──違う。


 風と共に歩むような、寂しさをぬぐって、一歩を踏み出す勇壮な。

 別れを重ね、なおも止めない歩みのような。


 それは、英雄の歌。

 それは、いのちの歌。

 それは、生命への賛歌。


 響く、サンドゥンの至るところで。

 天使たちがざわめく。

 共鳴現象──


 あらゆる干渉波動発生装置が、まったく同じ譜面を演奏することで、波動が収束──超極大の波動となって、いま生み出される。


 それは、六次元超弦出力装置に働きかけ、そのそばに倒れていた二人の男女に、奇跡を起こす。


「──なるほど、やっぱり

「──当たり前じゃない。さあ、決着をつけに行くわよ!」


 力場が相互干渉を引き起こし──

 サンドゥンに存在するすべての資源が、資材が、粒子の帯が──

 いま、彼らへと集った。


 そして、それは堕天使の前に現れる。

 光り輝く、機械の巨人が──

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