第三十曲 少女と少年と約束の夜明け

 もうもうと立ち込める土煙と蒸気の中から、巨大な〝それ〟は現れる。

 まるで光そのものを、鎧で抱きしめたような機体。

 鎧の隙間からは光があふれ出し、逆光のなか大地を踏みしめる。


 エイジが。

 続けてアカネが。

 彼らが、名乗る。


生命いのちの輝きこの胸に! 燦然、勧善! 未来あすを照らす!』

『あたしたちはエイジオン──エイジオン・サンイン!』

『『祈望きぼうの光が、いま産声をあげる!!』』


 〝夜明けの光サンドゥン〟号の総力を結集し、その光を胸に今、最強のエイジオンが立ち上がる。


 艦内のいたるところで、快哉が上がる。

 演奏を続ける者たちの身体もまた、エイジオン・サンインと同じ光を放っていた。


『おお、おおおおおおお!』


 堕天使が、歓喜の唸り声をあげた。


『そうだ! 超えてみせたまえ! 進んでみせたまえよ! 破滅に抗い、一握りだけの選ばれたものとなるのだ、進化して見せろ! 星の子よぉぉ! 我が子らよぉぉぉぉ!』

『うるせーよ!』

『がぁ!?』


 堕天使をして、知覚出来ないほどの速度。

 亜光速で、エイジオンは虹色の堕天使を殴りつける。

 その余波だけで、周囲にいた数百の天使たちが爆散し、光となって消滅していく。


『進化とか、一握りだとか、選ばれたとか!』

『あたしたちは、独りでここに立っているんじゃあない!』


 エイジとアカネ。

 ふたりの楽士が、その両目を黄金に輝かせながら、叫ぶ。

 エイジオンの脚部が閃き、堕天使の巨体を蹴り上げる。


 光の中で、ようやくエイジオンの姿が明らかになった。


 カラメイトが装甲をパージしたその姿は、どこまでも細身で、しかし素体よりも遥かにたくましかった。


 体色は赤く、白かった素体の部分には、抱きしめた夜の色を帯びている。

 手首と足首からはフィンが伸びており、肩には荘厳な布のような純白の装甲──法衣とも陣羽織ともつかないパーツが伸びる。


 制御翼の数は倍増し、コートのように脚部を覆う一方で、残りが円形に背面で展開し、光を放ち続けていた。

 首元からはたえず余剰エネルギーが排出され、それは輝く量子帯のストールとなってなびいている。


 胸部のコアクリスタルは変わらずにY字。

 眩い緑色の光を、黄金の装飾が縁取っている。


 エイジオン・サンイン。

 最強の巨人は、ストールをなびかせながら、堕天使と一進一退の攻防を繰り広げる。


『独りではないと言ったが! 所詮、いのちは他者を削り、進化するもの! 他者を食らい、強いものだけが、我々の領域に至るのだよ!!』


 七つのアギトが、同時にエイジオンの右腕にかみつき、それを粉砕する。


『それが』

『どうした!』

『おまえたちが』

『そうしてきただけだろうが!』


 しかし、次の瞬間には量子帯が。

 いまだ演奏され続ける波動に合わせ、サンドゥンの資源が、エイジオンの機体を修復する。


超弦励起ウェイクアップ! 武装接続アームド・ユナイト!』


 エイジオンは、左手にゴーズ・レノクロス──黄金の鎧をまとい、堕天使の頭を一つ叩き潰す。


『きっと俺たちは、独りじゃここまでは来られなかった!』

『なにをやってもうまくいったのなら、弱者を蹴落とすだけでよかったのなら、人間は、この極限の虚空に耐えられなかった!』

『逃げたいと願う者たちがいてよかった!』

『彼らは賢者で、臆病者で、必要な存在だった!』


 堕天使がその太すぎる尻尾が、空間を割いて襲い掛かる。

 受け止めたエイジオンの制御翼が砕け散り、再生。

 エイジオンの左手に現れた裁ちばさみが、その尻尾を裁断する。


『それらは弱者! それは不適合者! 進化に無用の長物! 人類が地球を切り捨てたように、それらもまた、切り捨てるのが必然ではないかね!?』

『『違う!』』


 アカネは。

 エイジは。

 断固として否定する。


『違う意見を持つ者がいてよかった』

『人間は一人じゃダメだった』

『勇気とともに前に進む者がいて』

『それをいさめるものがいて』

『諭され、考え』

『それでも前に進む!』

『そんなふたつの意図イトが交わって』

『縦糸と、横糸が歴史を紡いで』


『『人類という一枚布いのちが、ここに織りあがる!』』


 それこそが、エイジオン。

 輝きを秘めた次の時代エイジオン・サンイン


『だから──!』


 エイジが、左拳を振り上げる。

 アカネが右拳を振り上げる。

 両手に現れる、重装盾一体型のHEATパイル。


『俺たちは、明日を勝ち取るために、今ここで!』

『みんなが安心して夜明けを迎えられるように、今ここで!』

『『おまえをここで、ぶっ飛ばす……!』』


 瞬間、振り下ろされるパイルバンカー。

 炸裂する12発の高速流体金属。

 そのすべてが、堕天使──その虹色のコアに集中する。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』


 ひび割れたコア。


『いまだ!』

『まかせてちょうだい!』


 その隙間に、エイジオンの柔らかな手が挿入され──〝それ〟を救い出した。

 それ──彼──サクライ・アキラは。


「──……余計な、お世話を……げふっ──」


 確かにそこで、生きていた。

 ゆっくりと、アキラの身体を大地に降ろす、サンイン。

 だが、堕天使はいまだ存在していた。

 ぼろぼろになりながら、なおもそこに脅威として立っていた。


 そして──


『ナラバ──ミセテミロ、ジンルイ ノ マモリテ ヲ ナノルモノタチヨ』


 アキラを失った堕天使が、おぞましい声音とともに、サンドゥンの空を貫く。

 そのまま、外部へと飛び出す。


 アカネとエイジは、うなずきあって。

 そのあとを、躊躇うことなく追いかけた。


 サンドゥンの外へ飛び出したアカネたちが見たものは、驚愕の光景だった。

 億単位で存在した熾天使。

 そのすべてが、堕天使を中心にたった一つの存在へと終結する。

 この黄昏の地獄にしていたものと一体化したそれは、あまりに巨大な──全長1391400キロメートルの巨体を誇る、虹色の化け物。


『違う、あれは』

『ワレワレ ハ カウンター! カウンター・ゴッドミカ!! シメセ、シメシテミセヨ ニンゲン! ソノ タビジ ノ ケツマツ ヲ!!』


 エイジオンの。

 人類の。

 長い航海の末の、最後の戦いが。


 いま、幕を開ける──

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