第三十一曲 響く産声のエイジオン

「超巨大人類存亡敵性体出現! 規模は──かつての恒星、太陽と同規模です!」


 オペレーターが読み上げる、絶望的な彼我の質量差に絶句するゴードンだったが、その背中をたたく者がいた。

 マイリスである。

 いまだ演奏を続ける彼女の青い瞳は、立ち止まるなんて許さないと物語っていた。


「……当たり前だ、私を侮るな。アカネも戦っているのだ! 私たちが立ち上がらず、誰が立つというのだ!」

「局長! どうしますか!?」


 指示を願うクルーたちに、ゴードンは考え抜いた末に命令を送る。

 否──それは命令ではなく、願いだった。


「戦おう。私たちも、彼らと一緒に。彼らが繋げてくれた命を、彼らのために!」

「──!」


 クルーたちが無言でうなずく。

 ゴードンもまた強くうなずき、通信士へ席を譲るように求めた。

 彼は、語り掛ける。

 愛する姪へと。


「聞こえるか、アカネ──」


§§


「さて、これはどうしたもんかね」


 カウンター・ゴッドミカが奮う、まさに神の名にふさわしい巨大な腕を──それが巻き起こす暴風と、空間断裂現象を、高速移動でかわしながら。

 困ったなぁといった様子でエイジはつぶやく。

 そんな彼の後頭部を、アカネが殴る。


「さては何にも考えてなかったわね、あんた!?」

「お、怒らなくてもいいだろ! ここまでの状況にはならなかったんだよ、13年後では! そもそもカラメイト以後のエイジオン事体、設計にないんだよ!」

「つまり……すでに前に進んでいるわけね」

「そうだ。ここからは、未知の世界だ。俺はもとより〝ぼく〟も知らない」

「エイジ、あんたは……」

「俺はエイジ、アスノ・エイジ。未来アスから来た護衛視に過ぎない。だけど、約束はきっちり覚えている。〝ぼく〟は誓う、いつだって君を、祝福すると──」

「それは──」


 ゴッドミカの超重力放射をかわしつつ、アカネがどういう意味か問い詰めようとしたとき。

 サンドゥンからの通信が、舞い込んだ。


『アカネ、聞こえるか──』

「おじさま!?」

『そうだ。これからサンドゥンは、六次元超弦出力装置をオーバーロードさせる』

「なんですって?」

『サンドゥンがこれまでの航海でため込んできた資源、そのすべてを排出する。それを、おまえたちの裁量で使え』

「使えって言われても……」


 困惑した様子でアカネはエイジを見た。

 エイジは、なにかを思いついたように、ニヤッと口元をゆがめる。

 それを見て、


(ああ、やっぱりこいつは、こいつだなんだ……)


 アカネは、己の心に、快晴の空があることを初めて実感した。

 安心という言葉が、彼女を強くする。

 その力のまま、ゴッドミカの蹴りを受け流す。

 それだけで、空間が引き裂かれる。


「分かったわ、叔父様、こっちで何とかします!」

『頼む。それから貴様』

「俺のことですか、艦長殿」

『本来なら、一発殴ってやりたいところだが』

「…………」

『アカネを頼む。貴様になら、任せられる』

「……善処します」


 困ったように頭を掻くエイジ。アカネは、突発的に彼を殴りたい衝動にかられたが、新たな通信が入ったことで諦めた。


『アカネちゃん!』

「指導官殿!」

『マイリスおねーちゃんでいいのよー! それより、たくさん隠し事していて、ごめんね? わたし──』

「それは」


(それは、生きて帰ってから聞こう。たぶん、そのほうがいいから)


「気にしないでください、指導官殿。あたしは、あたしたちは、必ずやり遂げます!」

『そう……そっか! じゃあ、エイジくんによろしくね! 彼にも後で謝らなくちゃ!』

「あ、あの!」

『うん?』

「ありがとう……お姉ちゃん」

『────はい! 頑張れ、恋する女の子!』


 そして、通信は途切れた。


(恋する女の子って……!)


 顔を真っ赤にするアカネは、意味もなくエイジの肩を叩いた。

 エイジは、その手をそっとつかむ。

 ふたりは視線を合わせ、うなずきあう。


「ねえ、エイジ」

「ああ」

「あの日、あたしをひとりにしたこと、まだ許してないから」

「うん」

「なんでこんなことしたの?」


 その問いかけに。

 エイジは。

 初めて、正面から答えた。


「負けヒロインは、嫌だったのさ」

「はぁ?」

「幼馴染は、君と子どもを作る事ができない。まして〝ぼく〟は星の子だった。それは、呪いといってもいいぐらいの代物だったんだよ。初恋は実らないなんて、笑ってしまうけれどね」

「…………」

「それが本心だ。〝ぼく〟はただ君を愛したかっただけ。そして、本当の理由は……あの日君が死んでしまうはずだったから。その命を救うには、〝ぼく〟はガイアの──地球の指示に従うしかなかった。あのあとも、死の運命が付きまとう君を守るために」


 神の翼が、剛腕が、靭尾じんびが。

 その御業のすべてが、空間をねじ切り、世界を壊し、宇宙を引き裂く。

 そのすべてをいなし、受け流し、捌き、避けて、受け止め、はじきながら、エイジは瞳を、強く輝かせる。


「守ると決めたんだ! なら、最後までやるさ!」

「それでも、あたしはあんたを許さない! 勝手になんでも決めて、勝手に全部何とかしちゃうあんたが! あたしは、あたしだって……!」

「だから、決めてやろうじゃないか。この絶望を超えて、俺たちは、明日をつかむんだ!」


 そこでなら、いつまでも君に許されないままでいるさと、エイジは笑う。

 アカネは。


「────」


 瞑目し。

 目を、開く。

 意志の輝きが、ぐるぐると渦を巻く。


「だったらエイジ! こんなデカブツ!」

「ああ、いつまでものさばらせておくものか! やるぞ、アカネ!」

「やってみせるわよッ!」

「「うわああああああああああああああああああああ!!!!」」


 二人は、黄金の輝きを放ちながら、エイジオン・サンインを飛翔させる。


『コンナモノカ! エイジオンンンンン!!!』


 神がばらまく天文学的な数の光線を、針孔を通すような曲芸的軌道サーカス・マニューバですべて回避し、向かう先はサンドゥン号。

 クルーたちは全力で旋律をかき鳴らす。

 限界を超えた演奏の先に、超弦出力装置が──サンドゥン自体が応える!


「鳴り響け、俺たちの命! 六次元超弦出力装置シックス・ディメンション・プリンター──直列励起サテン・ユナイト!」


 ゴードン達に敬礼で見送られ。

 主機の真上に、エイジオンは右拳を叩きいれる。

 エイカリナと、サンドゥンの6Dプリンターが共鳴し。

 極大の力場が発生。

 サンドゥン全体を巨大な卵の殻として、それは産まれ出でる。



 超弩級惑星質量付帯貫通体射出装置──

 ──〝サンドゥン・パイルバンカー〟。



 文字通り、惑星一つ分の質量を有するHEATパイルを、その右手に掲げながら。

 正反対には、巨大化し、翼のように広がるストールをなびかせながら。

 エイジオンは、神へと挑む。


 その全身に降り注ぐ攻撃を全て受け止め、削られ、砕かれ、傷つき立ち止まりながらも。

 それでももう一度、一歩を踏み出して。


『カウンター・ゴッドミカ! 俺たちは今、ようやくあんたの手を離れて──ここに産まれ落ちるんだ! これで終幕──否! 光とともに、開幕ウェイプ・インだ!』

『親離れは必然だもの!』

『受け取れよ、造物主!』

『これが、あたしたちの……!』

『これから明日へと向かう命の、闇夜を照らす祈りの……!』



『『『『『『『『夜明けに響く産声エコーキング・クワイア・エイジオンだああああああああああああああああああああああ!!!』』』』』』』』



 叩きつけられる惑星質量。

 その先端が、神の外殻を破壊する。

 だが──


『トドカヌ、ナアアアアアア!!!』

『まだよ!』


 アカネの両目が黄金に燃え、螺旋となって輝きを放つ。

 すべてのエネルギーが燃焼され、Y字型のサンドゥン、その両端で炸薬が起爆。

 残存質量のすべてが、超々光速流体──超光子となって、カウンター・ゴッドミカの外殻を突き破り、コアへと至る!


『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』』


 アカネが、エイジが、エイジオンが、クルーたちが、サンドゥンが──いま、一繋ぎの光となって、コアを──


『俺たちは』

『生命は』

『『──繋がっているんだ!!!!!!』』


 超光子となったサンドゥンは、神を貫通。

 その背後で、再び実体を取り戻す。

 神が、爆散する!


『──アア コレハ タシカナ ショウリダ ワカキ レイチョウタチヨオオオオオオオオオオオ!!!!』


 光となって消えていく神に、エイジはふと、問いかけた。


『──どうして、俺たちを宇宙へといざなったんだ? 人間は弱い。あんたらみたいな危険が攻め立てなきゃ、そして張り合う相手がいなきゃ、前に進むこともできなくて、寄りかかる相手もいなく、とっくに滅ぶか、逃げ出していただろうに』


 神は──

 苦笑とともに、答えた。


『マエノメリノ──前のめりの未熟者を 支えるがゆえにカウンター……ああ 産めよ 殖えよ 地に満ちよ 我々の代わりに、時空ソラの彼方へ それだけが 我々の望んだ──』


 消滅する神。

 歓声が上がるサンドゥン。


「エイジ!」


 歓喜のあまりエイジへと抱き着いたアカネは、そして。


「──え?」


 衝撃に、目を見開く。


「──星の子の役目は、ここまでだ。だけど、まぁ……そのうちきっと、また逢えるだろうさ。なにせ命は──繋がっているんだから」


 そんな言葉を残して。

 アスノ・エイジは。


 忽然とこの世界から、消滅したのだ──




第6章 響く産声のエイジオン──終わり

終章 新たなる起点──未来へと響け祝福の歌──に続く

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