第八曲 少女と窮地と能天使
偽りの空を割り砕き、サンドゥン号の外壁を貫いて、虹色の異形が降臨する。
四枚のかぎづめに似た翼をもち、四足に鋭い爪をもつ、獣のアギトを持つバケモノ。
全身を強固な外殻で包み、胸の赤いコアを光らせた大天使が、居住区を破壊しながら着地する。
大地震のような振動と、〝空〟を破られたことで戦艦内の空気が外部に流出し嵐が吹き荒れる中、アカネは端末へと叫んでいた。
「こちら赤服606号! 天使の出現を観測しました! 識別は大天使級──あたしに出撃の許可を──」
バースになるための、譜面の転送を請願しようとしたアカネの端末が、横から引っ手繰られる。
見やれば、量子錠前を引きちぎったエイジが、飄々とした顔で彼女の端末を弄んでいた。
「ちょっ、なにしてんのよ、返しなさい!」
「そういうわけにはいかない。君を死地に送り込まない。そのために、俺がいるんだからね」
「また意味不明なことを……!」
「おー、怖い怖い。でも、怒った顔も俺は嫌いじゃないよ。ほら」
「!」
端末を投げ返されたアカネは、再び統括局へ連絡しようとするが、まったく応答しない。
それどころか、端末自体の機能がダウンしてしまっていた。
「なんで……」
「ちょっとだけいじらせてもらった。戦いが終わるまで、おとなしくしてもらうためにね」
「こんな短時間で」
(まさか、こいつは
彼女の疑問など知らないといった様子で。
エイジは自らの懐から、一般に支給されている端末とは異なる形の波動端末を取り出す。
(あの形……どこかで……たしか〝オカリナ〟……?)
「エイカリナとでも名付けるとして──天使さんよ、さあ、相手はここだぜ!」
エイジが端末に息を吹き込む。
鳴り響く旋律は、勇壮にして清らか。
湖面に広がる波紋のごとく、澄み切ったメロディーが力場を作る。
力場の〝たまご〟の中で、エイジの黒い制服がほどけ、その上を新たな量子帯が覆う。
編み上げられたのはオレンジ色の
右手、左手、左足、右足、胸部の順番で、白い操縦桿を兼ねた装甲が覆い、最後に脊髄から首までを守るヘッドギアが形成される。
力場が一気に拡大。
パイロットスーツを身に着けたエイジを中心にして、純白の骸骨──細身で有機的なシルエットが生まれる。
巨人の骨に、量子帯が絡みつき。
その姿を織り上げた。
『闇に逢うては闇を切り、光とともに
左手は重装甲の盾と一体化しており、その中心部では回転式弾倉が覗く。
必殺のHEATパイルを秘めた左腕とは違い、右腕は簡素。
しなやかで細い両足を、抉れたような腰部から伸びる制御翼が、ロングコートのように覆っている。
無数の量子帯によって編み上げられた、胸部のY字エネルギークリスタルが発光。
全身へとくまなくエネルギーが循環される。
頭頂部のアンテナから緑の
両目を、音を立ててきらめかせながら、赤い機械の巨人は天使と相対した。
『GURAAAAAAAAAAAAAAA……』
『どうした、消極的じゃないか? 来ないんだったら、こちらからいくぞ! ジョーゼット!』
両足のエネルギーラインが眩く発光。最適化された駆動系が、うなりをあげてエイジオンの巨体を疾走させる。
全長17メートル、乾燥重量35トンの巨体が地を蹴るたびに、土くれとがれきが舞い上がる。
『セェー、イヤッ!』
その場で一回転し、独特のイントネーションで放たれた右の裏拳が、天使の顎を撃ち抜く。そのマニピュレーターは、軟弱な素材でできていることをアカネは知っていた。ゆえに、拳はナックルガードでおおわれていた。
エイジは、攻撃を重ねる。
『GIRIIIIIIIII!』
大天使の翼が
しなる四本の鞭となって、エイジオンに襲い掛かる。
『
赤い巨人の両腕が発光。
左腕では盾の先より、右手は展開されたナックルガードの付け根から、青色に輝くエネルギー状の刃が現れる。
高熱を発するその刃は、周囲にカゲロウを立ち込めさせながら、降り注ぐ翼を受け止めヒビを入れる。
『ZIAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
たまらずに後退する大天使。エイジオンは距離を離さず、詰める。
(圧倒的だ)
アカネは、その驚異的な光景を見上げ、言葉を失っていた。
これまで、彼女と彼女の先輩たちが操るバースは、幾度となく天使と激突してきた。
だが、倒せるのは7メートル級の天使と、それ以下の小型天使。
全長が18メートル近い大天使級など、チームを組み、いのちを捨ててようやく対処できる程度だった。
(先輩殿は、それでも勇敢に立ち向かう無謀さがあった。あたしにも、その心意気はあった。だが、現実としてバースでは通用しなかった。しかし──!)
この赤い巨人ならば。
エイジオンならば、勝てると。
少女はそう思うことができた。
いまも、未知の機械巨人は大天使相手に一歩も引かず、圧倒し続けている。
(行け……行っけぇええええ!)
いつからか、アカネは応援せずにはいられなくなっていた。
「倒せ、エイジオン!」
『ああ、任せろ!』
彼女の言葉にこたえて、エイジが咆哮する。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! シーチング・イカット!』
不断量子拘束帯。
鬣がうねり、展開された量子帯が網目模様を描き出し、引き絞り拘束。天使の動きを完全に封殺する。
十分な助走距離をとったエイジオンは、制御翼を展開。
腰部を守っていたそれが、背面で翼へと変わり、すべてのエネルギーを噴出して推進力に変える。
音を立てながら、左の盾に、パイルバンカーの弾が装填された。
『
拘束からのコア破壊。
必勝のパターン。
グリーンの粒子を吹き出し、大きな翼を背負いながら。
エイジオンは左腕を突き出し、吶喊する!
『この一撃で決める──HEATパイルウウウウウウウウウウウウウウ!!!』
『RUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
緑の光芒を引き連れ、一条の流星となって突き進むエイジオン。
必滅のパイルバンカーが、天使のコアを覆う外殻に突き立てられる。
『
『BAGOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』
残る四肢、爪牙、ひび割れた翼で必死に抵抗する大天使。
アカネは気が付く。
天使のコアが、強度を増していることに。
(貫けない!? さらに変化してきたっていうの!? だけれど──HEATパイルなら!)
『一撃でダメなら、何度でも!
ガッ、ガガガガガッ!
撃鉄が落ち、回転弾倉が回る。
総弾数六発分の流体金属が、超高速の槍となってついにコアを貫通した。
『GI──IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII──』
光となって消滅する大天使。
エイジオンは、左手を振りぬき、見得を切る。
そうして、アカネへと向かってサムアップをして見せた。
思わず口の端が持ち上がりそうになって、アカネは慌てて仏頂面を作る。
彼女は儀礼的に労をねぎらおうとして──
「──!? 危ない、エイジオン!」
『は──がああっ!?』
がら空きになっていたエイジオンの背面に、強力な雷撃が衝突し、火花を散らす。
思わずその場に膝をついたエイジが振り返ると、そこには新たなる天使の姿があった。
先ほどまでの大天使とは違う。
形状は、人間に似た上半身を持つ、六つ足の獣。
下半身が甲殻類のような多関節になっており、巨蟹の上に人間が座っているようですらある。
背面にはやはり、かぎづめに似た翼が生えているが、その数は六枚。
また、外殻の虹色が、より禍々しく渦を巻いている。
鷹に似た顔は、爛々と六つの目を輝かせ。
胸では赤黒いコアが昏く淀んでいる。
「そんな……」
アカネの手の中の端末が、突然息を吹き返した。
そこに映し出された計測数値を見て、彼女は言葉を失う。
なぜならばその天使は。
「大天使をはるかに超える──能天使級!?」
全長21メートル。
それは、大天使に倍する力を持つ、破壊の権化だった。
能天使のくちばしが開く。
乱杭歯が無数にはえたそこで、紫電が弾け──雷球が放たれた。
1.21ジゴワット。
サンドゥン号の内部ですら発生することがまれな、尋常ならざる電撃がエイジオンに炸裂する。
『ガッ!』
苦痛の声を上げるエイジ。
驚異的な電圧が、咄嗟に構えたエイジオンの左手を完膚なきまでに粉砕したのだ。
エイジオンの胸にあるエネルギーコアが、緑から薄暗い赤に変わる。さらに全身にまとっていた鎧が、粒子の帯となってほどけ──
「なによ、これは──」
アカネが見たもの。
それは、か細くやせぎすな巨人の姿。
むき出しの有機的な機械がうごめく、エイジオンの素体。
武装はなく、鎧もなく。
そんな彼に、能天使は。
『RIGUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!』
無慈悲にも、さらなる雷球を放つべく。
そのくちばしを、ひらいたのだった。
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