第七曲 少女とガイア教団と社会制度

 カプセル型のレールライン。

 出力されたエネルギーそのもので動く、完全にクリーンな車両の中から。

 一組の男女が、言い争いながら姿を現した。


「なんであたしが、おまえみたいな不審人物と暮らさなきゃいけないんだ!」

「おっと、待て。まるで俺が相手じゃ不本意みたいに聞こえるわけだが?」

「不本意に決まってるだろー、見てわかんないのかしらコノ野郎ぉー!」

「待て待て待て! おい、やめろ! こんな往来で殴りかかってくるな!?」

「誰も見ちゃいないわよ!」


 両腕を量子錠前で拘束され、そこから伸びるロープの先端をアカネに握られたエイジは、必死で彼女を宥めようとする。

 しかしアカネの怒りは一向に収まらないようで、ぐちぐちと嫌味を垂れ流している。


(なんなんだ、こいつは。どうしてあたしが、不審者なんかを保護観察しなくちゃいけないんだ。あぁー……モヤモヤする……!)


 大股で歩くアカネに引きずられるように、エイジはそのあとをついていく。

 ついていきながら、時折エイジは、周囲を見回す。

 セントラル・セクタを出た頃は、無機質な建造物ばかりが多く、人の行き来も少なかった。

 しかし、レールラインを降りる頃には一変していた。


「ヒュー」


 エイジは口笛を吹いた。

 クリスタルが絡み合ううような街並みは、それだけで美しかったからだ。


 サンドゥン号は、惑星規模の質量の、その9割までも主機とその制御区画周辺に費やしている。

 その残りが、居住可能な区角となる。

 居住区核の約三分の一を占めるのが、いまエイジたちが通りかかった商業区画だった。

 この移民戦艦は縦にも、横にも広い。

 商業区画はデッドスペースを解消すべく、立体的に構築されていた。

 緊急時に備えて隔壁がせりあがる側溝を挟んで、巨大な構造物が二つ伸びている。

 それは増設に増設を繰り返されてきたのか、樹木の枝葉のように回廊や店舗を展開しており、時にはお互いが絡み合っていた。


 商業区画は、資源を循環させるためのパイプがいくつも走り、あちらこちらで波動端末の演奏が鳴り響き、生活に必要な──あるいは不必要な雑多な代物が編み上げられている。


 巨大な二つの樹木の下も、また混みあったエリアだ。

 秩序立てられてはいるのだが、それは六次元からの観測によるもので、ひとの感覚になぞらえれば〝混雑している〟としか言いようのないありさまだった。

 そこを、何百、何千人という人々が行きかい、活発に活動している。

 子どもに若者、壮年のクルーも一緒に。


 その中には、奇妙な一団もいた。

 青や緑の、制服とは異なる衣装を上から羽織り、盛んに旗を振り回し、大声をあげている。

 旗には大きく、蒼い球体が描かれていた。


「この無謀な航海を止めろー!」

「安住の地を探せー!」

「天使とかかわるべからず! 我々が敵意を見せるからこそ襲われるのだ!」

「兵器を捨てろ! 和平の道を探せ……!」


 そんな風に、男たちはわめきたてている。


「あれはなんだ?」

「本気で知らないの? あれがガイア教団よ。天使と戦わないで、どこかで隠れて生きようという連中。結構大きな派閥だわ」

「君はあれをどう思う?」


 エイジの問いに、アカネはわずかに考え、答えた。


「必要なことよ。あたしたちは同じ人類だけど、同じ人間じゃない。考えることは、様々だもの。でも、乗っている船は一緒だし、彼らもあたしが守るべき人間だわ」

「……そっか」


 目を伏せ、うなずき、エイジは小さく微笑む。

 それを隠すように帽子を目深にかぶり、彼は露骨に話題を変えた。


「なあ、君。この区画では、なにが売っているんだ? 波動端末と6Dプリンターがあれば、必要なものなんて自前で用意できるだろ?」

「バカ言ってるわね……売っているのは譜面よ」

「譜面?」


 首をかしげるエイジに、アカネは大きくため息をつく。


(こいつは、うそをついているのか、本当にわからないのか……どっちだ? サンドゥン号で産まれたのなら、わかるはずのことなのに。あるいは、そう……そんなことは関係ない存在という可能性もある……すこし、かまをかけてみるか?)


「たしかに譜面があれば、どんなものでも作る事ができるわ。もちろん、資源が潤沢に供給される役職──主機管理室や操舵室、そして天使と戦うあたしたちクワイアの赤服──などに就いていればだけど」

「責任がある役職には、当然その精神と肉体を支える資本が必要さ。それを憚ることはない」

「憚ってないわ……話を戻す。とにかく、資材と譜面があれば、シックスディメンションプリンターは、いかなるものも生み出せる。でも──その譜面はだれが作るの?」

「……なるほど」


 ポンと、エイジは手を打った。

 アカネは呆れたように顔を片手で押さえる。


(どうやら、本当に無知らしい。まったく、気構えて損をした気分だ……)


 疲れを覚えながらも、アカネは続ける。


「譜面を自ら作れる者で、しかし資源の供給が少ない者は、その技術を売りに出すのよ。そして資源がもらえる代わりに、譜面を作れないものは、その技術を買う。これで、人類の社会性が保たれているの。とくに──そうね、自然調合の譜面を作れる技術者は重宝されるわ」

「待ってくれ。その自然調合ってなんだ」

「……森や湖を整備して作り出す役職のことよ。知らないの?」

「サンドゥンは完全循環型アーコロジーのはずだ。一度作ってしまえば、森も湖も手つかずでいいはずじゃないのか?」


 いぶかしげに訊ねてくるエイジに、アカネは呆れ顔をつい見せてしまった。


(この男、どこまで無知なんだ? それとも、無知を装っているだけで、やはり危険な存在なのか? だとしても、これは少し考えればわかることのはずだ。そんな悪手をわざわざ披露する道理がない……)


「天使が攻撃してくれば、街も、自然も消えるわ。人だってね」

「────」

「知っている? 天使に殺された人間は、完全にその意志が消滅するの。6Dプリンターでも、天使に襲われた後のDNAでは、再出力リ・プリントもできない──」


(だから、命を失えば、もう帰ってこない。次に出力されるのは、別人だ)


 アカネの脳裏を、ひとりの少年の困ったような笑顔が浮かぶ。

 しかし、そのイメージはどこかノイズが混じっていて、正確には想起されない。

 顔の上半分が影のようになってしまい、アカネにはそれ以上を思い出すことができなかった。

 彼女は小さくうめき、額に手を当てる。


「さっきから、大丈夫か?」

「おまえの様な不審者に心配されるようなことじゃないわ……話を戻すけど、いい?」

「あ、ああ」

「だから、あたしたちは融通しあうのよ。あらかじめ偏って渡されたものを、欲しいものが得られるように。それがかつて、あたしたちの母星に存在した、経済という概念だから」


(そう、これが経済だと、アーカイブスであたしは学んだ。でも、これもアウターに過ぎないのではないか? なにもかも偽りで、無意味な──)


「そうか、人間性はまだ、失われていなかったんだな。この時点では、まだあったんだ」

「え?」


 ポツリとつぶやく男の顔を、アカネは見た。

 その表情は、なにかを喜んでいるようだった。


「丁寧にありがとう。一つ、理解できた。生命としての社会性の喪失は、あるいは〝彼ら〟の活動を早めるもので……」

「──?」


(こいつ、相変わらずわけのわからないことばかり口にする。知らない言葉というより、違う言語でしゃべられているみたいだ。この戦艦ふねでは、統一言語が使われているというのに)


 ぶつぶつとつぶやきながら考えこんでしまったエイジを見ながら、アカネはそんなことを思っていた。


「っと、いけない。あのレールラインに乗るわよ」


 ちょうどやってきたカプセルに乗り込む二人は、そうして商業区画を抜ける。

 いくつかのトンネルをくぐると、そこは目的地である本格的な居住区だった。

 四角い豆腐の様な建造物が、いくつも並んでいる──


「はい、ここで降りてちょうだい」 

「君の家はすぐなのか?」

「少し歩くことになるわ。先にいっておくけど、あたしの家よ。あんたは収納スペースにでも突っ込んでおくから、文句を言わないで」

「そんなに狭いのか……」

「そういう意味じゃな──」


 またもアカネが怒りを発露させようとした、その瞬間だった。

 エイジが、ハッと顔を空へとむける。

 そして──


「……本当、今日は厄日だわ」


 つぶやくアカネの胸ポケットで、波動端末が告げていた。


 天使が──再び現れたことを。

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