第2章 閉じた社会のサンドゥン
第六曲 少女とエイジと同棲命令
「もう一度訊くぞ、おまえの所属と名前、
同日、薄暗い密室の中で。
アカネが出力した、古い時代の照明器具で顔面を照らされた男は、眩しそうに顔をしかめ、同じ答えを繰り返した。
「何回目だよ、この質問は!? 俺はサンドゥン号主機代理室所属のアスノ・エイジ。待遇は──アイサイトだ!」
「この、大嘘つきめっ!」
椅子を蹴立て、頭を抱え、悲鳴をあげるアカネ。
完全に貧乏くじを引き当てた気分でアカネはうめいた。
(なんで、なんでこんな奴の取り調べを、あたしが……! ああ、助けて叔父様!)
憧れの存在に助けを求めるも、勿論事態は好転しない。
黒ずくめの男、エイジが大天使級を殲滅したあと、アカネはこの明らかな不審人物を拘束した。
クルーのひとり、防衛のエキスパートとして、どう考えても看過できなかったからだ。
殴りつけ、後ろ手に取って膝をつかせ、その片手間に波動端末を演奏し、量子帯で縛りあげたのだ。
その後、駆け付けたクワイアの人員とともに、本部がある
専門の取調員が不在とのことで、無意味にアカネは、4時間近くこの不審者と顔を突き合わせている。
(なにが、サンドゥン号主機代理室所属だ。そんな部署、聞いたこともない。叔父様──サコミズ局長の権限でもわからない部署が、この艦にあるわけがないだろう!)
そう内心で怒鳴ってみるものの、男の所属がわからない事実は変わらない。
アカネの直属の上司にあたる、統括局局長サコミズ・ゴードン。
この宇宙船の艦長である彼の権限をもってしても、エイジの身元は謎のままなのだ。
(この男、訊いたことには答えるくせに、少しも核心に触れさせない。のらりくらりと矛先をかわして、なにひとつ掴ませない|暖簾のようだ。だが……そういうやつのことはよく知っている。やりようは、ある)
「おい不審者、アイサイトとはなんだ」
「不審者はひどくないか? アイサイトはアイサイトだ。人類の行く末を見守るものだ」
「それはどうやって行われる」
「君も見ただろ? あんな風に戦ったり、致命的な間違いをさせないようにしたり、こうやっておしゃべりに付き合ったり。有史以前から変わらない」
「……この尋問がおしゃべりだと?」
「正直に言えば、あまり無駄話をすると服務に抵触する……怪力乱神を語らずってな。しかし、君と喋るのはとても楽しいから、ついつい長話をしてしまう。ああ、そろそろお茶をくれないか?」
「ふざけやがって……!」
ガっとエイジの胸ぐらをつかむアカネ。
感情を御しきれなかった彼女を、エイジは穏やかなまなざしで見つめる。
吸い込まれそうなほどに深い色合いの瞳に、なにもかも見通されそうになり、アカネは感覚的に目を背けた。
(……飲まれるな、ボドウ・アカネ。矢継ぎ早に質問を続けろ。こういう手合いは自分が気持ちよくなるためなら、いくらでも適当なことを口にする。それがときに、真実を含むものでもだ)
アカネは一息に、核心へと切り込む。
「おまえはガイア教団の回し者か?」
「なんだそれ? 聞いたこともないなぁ」
「嘘をつけ! この戦艦に乗っていて、その名を知らないものなどいるものか……!」
本当に知らないと首を振るエイジに、アカネは仕方なく矛先を変える。
「あの機体──」
「エイジオンだ。俺の趣味だ、かっこいいだろ?」
「……エイジオンを構築するための波動譜面は、どこで手に入れた?」
「シュキダイリシツショゾクという呪文を、あと何度繰り返せばいいのかねぇ……当然、俺の所属している部署から支給された。といっても、あれはオンリーワンだし、君たちが使う波動譜面と違って、ずいぶん余白がある。なにせ、開発中でね、実は俺が作っている」
「詳しく話せ」
「その前に、この手を離しちゃくれないかな。どちらかといえば胸ぐらより、おててをつないでもらったほうが、俺としてはうれしかったりするんだ。シェイクハンドは友好の証だよ」
「貴様ぁあ!」
瞬間沸騰したアカネが、拳を振り上げたタイミングで。
取調室の扉が、噴出音とともに開いた。
はっとアカネが振り返ると、そこには大柄な男性が立っていた。
黒い肌に、アカネと同じ赤服。
その上から金糸で縫われたインバネス・ケープを羽織る、ドレッドヘアーの片メガネの男性。
「サコミズ局長!」
アカネのどこか黄色い声に、彼──歴戦の勇士であるサコミズ・ゴードン統括局局長は、巌のような無表情で答える。
その右目──モノクルの下の色が違う瞳が、ぐるっと室内を見渡す。
(
「敬礼は不要だ、ボドウ・アカネ新任楽士。それより……いま、その人物に暴行を働いていたように見えたが?」
「いえ、これは……」
(まずい。いくら不審人物とはいえ、乗組員に対する暴力は問題視される。赤服の間ならば訓練という言い訳もたつが……なにか、ごまかさなくては……っ)
内心の焦りからアカネが冷や汗をかいていると、思わぬところから助け船が出た。
飄々とした様子で、エイジが口をひらいたのだ。
「あんたが
「なっ──!?」
突然のセクハラに目を見開き真っ赤になるアカネ。
対照的にゴードンは目を細め、のどの奥を鳴らすようにして、くつくつと笑った。
「局長……?」
「いや、いや。愉快なものを見たと思っていただけだ。それは、久しくみられなかったものだからな」
おかしそうに肩をゆするゴードンを、信じられないものでも見たようにアカネは凝視する。
(厳格な叔父様がこんなに楽しそうにするなんて……そういえば、いったいいつからこの人は、こんなに頑なになったんだろう?
小さな疑問がアカネの中で芽生えるが、それはすぐに消えてしまった。
かわりに、モヤモヤとしたものが心中に膜を張る。
「さて……アスノ・エイジと、言ったかな? いまはエイジ?」
「……ああ、そうだ」
「君は、誰の味方だ」
「世界でたったひとりと、すべての人類の味方のつもりだけれど?」
「…………」
ふたりの理知的な、奇妙に深みのある視線がしばらく交わり、やがて納得したように離れた。
「ボドウ・アカネ新任楽士」
「はっ!」
「今日この時より、アスノ・エイジの常時監視および保護観察の任に就くことを命じる」
「はっ! ……はぁ?」
きりっと敬礼したあと、あまりの意味不明さにアカネは気の抜けた声を出してしまった。
(だって、そうだろ? そんなの、いくら叔父様の言葉でも、意味不明で──)
狼狽するアカネ。
ゴードンはこれを咎めず、代わりに、
「彼は不審者だが、天使を倒したことは事実だ。彼の端末を解析したが、エイジオンの楽譜は回収できず、我々の誰も、再演することはできなかった。だが、大天使をたやすく屠る力だ、どうしても管理下に置きたい。長い航海の中で、アームドゴーレムをデザインできるものはほぼいなくなった。戦力の増強は喫緊の課題だ。どれほど怪しかろうが、欲しい。ゆえに監視し、正体を暴け。機密を口にさせろ。それが分かるまで、付きっ切りでだ」
(えっと……それは、つまり……)
「統括局はこの男を持て余したので、貴様の裁量で居住区に住まわせろということだ。簡単に言えば──同棲してくれたまへ」
ゴードンの話を聞き、アカネとエイジは顔を見合わせて。
「「ええええええええええええええええええええええええ!?」」
同時に、絶叫したのだった。
§§
アカネとエイジが去った尋問室で、ゴードンはひとり、佇んでいた。
出力した無煙タバコに火をつけ、しばらく燻らせる。
それから、
「大きくなったものだ。たくましく、可憐で、鮮やかに」
小さく、そんなことをつぶやいた。
彼の手の中には、いつの間にか端末が握られており、そこにはひとりの少女が、笑顔で写っていた。
その右隣のスペースが、不自然に空いていることにゴードンは気が付いていたが、ただ不愉快そうに眉を顰めるだけだった。
「人類の味方とは、大法螺を吹いたものだ」
響くノックの音。
ゴードンは「入れ」と短く答える。
「統括局局長殿、主機管理室よりラブロック・マイリス指導官、ただいま参上しました」
尋問室の扉が開き、浅黒い肌にサングラス、肩よりも短い美しいブロンド、蒼い瞳の長身の美女が入室してくる。制服の色は、青い。技師を示すそれである。
ゴードンは軽く手をあげてその女性をねぎらうと、こう指示を出した。
「これまでどおり、身分を隠したままあのふたりを監視してくれ。こちらでも可能な限り配慮する。なんとしてでも、人類はこの危機を乗り越えるのだ。天使という災厄から逃れるために」
「もちろんですよー、そのために7年も待ったのですから」
「……要したのはそれ以上の時間だと、貴様が一番よく理解しているだろう」
「…………」
「この件に関して、統括局局長──船長権限を持って主機自体に問い合わせた。結果、アスノ・エイジという人間が、プリントアウトされた形跡はない」
「すべての人間は、いまやあの6Dプリンターと両親のDNA情報が必要なのに、ですか?」
どこか忌々しそうにそんな言葉を口にするマイリスに、ゴードンは深い頷きを返す。
「アスノ・エイジは、記録上生まれてすらいない人間だ。ならば、かつてと同じ破滅の先触れに違いない。奴にこちらの動きを悟られぬよう、十全に警戒してくれ」
「委細承知と、言っておきましょう」
「それから──天使によって殺された人員の補充のため、
「……呪わしい依存の形ですが、了解ですよー」
「……ガイア教団の末端が暗躍している。これについて見解はあるか」
「私には、なにも。ただ、いまだ声は告げます──〝違う〟と」
「──わかった。そちらは一任する」
「すべては来るべきその日のために!」
胸の前で円を描く女性に渋面を向け、そしてゴードンはまた、タバコを咥えるのだった。
「もう、7年か……あまりに過酷で、そして速すぎる……」
その独白は、あまりに小さすぎて誰にも届かない──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます