第十一曲 少女と蟹鍋と新たなるエイジオン

『GYURUUUUUUUUUUUUUUUUUUU……』


 居住区に降り立った能天使は、なにかを探すように動き回る。

 その動きは緩慢だが、巨大質量ゆえに、それだけで街並みが崩壊していく。

 足元ではたたき起こされた住民たちが、悲鳴を上げながら我先にと逃げだしていた。

 その姿を見た天使は、くちばしを広げ、雷球をともして──


 ダッ、ダダダ、ダダー!


 とつぜん鳴り響いたのは、吹き荒れる嵐のように、打ち付ける飛沫のような激しい、しかし小気味いいメロディー。

 次の瞬間、能天使の前に光のタマゴが出現し──その殻が砕け散る。

 中から現れたのは──エイジオン。

 しかしその姿は、これまでとは随分様変わりしていた。


 特徴的だった左腕の大型シールドは存在しない。

 代わりに両腕の、二の腕からは一本ずつひし形の刃が、背面方向に伸びている。

その基部には小型の回転弾倉が存在した。

 肩からは薄い布のような装甲が垂れており、柔軟に動くそれは、機体の動きを驚くほど制限しない。

 腰部から伸びる制御翼も同じであり、これも半分は小型化され、残りはすでに背面で展開している。

 対して脚部は、以前よりもがっしりとしており、スラスター機構が増設されていた。

 全身の多くの場所に、排気を行うためと思われる機構が存在し、胸部ではそれが特に顕著だった。


 なによりも変化していたのは、その機体の色である。

 装甲の一枚下に流れるエネルギーのラインが、制御されることで色を変え、表層へと浮かび上がる。

 赤い巨人は今、流れる水のようなに身を包んでいたのだ。


『折り目正しく、清めよまぶしく! 清冽、誠光、この手は届く! 俺はエイジオン・トゥイル! 我が動きは、流水のごとく!』


 青い光を身にまとい、機械巨人エイジオンは、天使へと挑む。


『GYUOOOOOOOOO!!』


 先制攻撃とばかりに、超高速で放たれる雷球。

 その数は、10を超える。

 以前のエイジオンであれば、とても避けられる数ではないそれを──


相対最適化フランネル曲芸機動サージ!」


 装甲の青い部分を輝かせ、エイジオン・トゥイルは、上半身をわずかに動かすだけで避けきって見せた。


『BOOO!? GYURYIIIIIIIIIIII!!!』


 続く天使の追撃。

 雷球の数は、100を超える。


『過冷却エネルギー循環効率機関〝ギャバジン・ツイード〟。この青い装甲は常にエイジオンのエネルギーを調律し、最適な流れを作る。その雷撃……避けて、避けて、避け切って魅せる!』

『JIAAAAAAAAAA!!!!』


 放たれた無数の雷球。

 青いエイジオンは残像が残るほどの高速で、しかしわずかに動くのみで躱し続ける。

 背面で反転する雷球。

 追尾機能が付与されていたのだ。


『それも無問題モーマンタイ!』


 足さばきを加えた高速機動。

 雷球はすべて、エイジオンから外れ──


「なにやってんのよバカ! この大バカー!! このままじゃ都市機能が麻痺しちゃうじゃない!!」


 雷球は、居住区の一部を火の海に変えていた。

 駆け付けたアカネの叫びを聞き、一瞬背後を振り返ったエイジオンは、跳躍。

 空中でトンボを切り、全身の排気口──ストリュームスラスターからエネルギーを排出し、立体的で複雑な軌道を描く。

 エイジオンを追尾し、上空へと舞い上がる雷球。

 居住区への被害を最小限にとどめるため、彼は飛び上がったのだ。

 空に舞い上がり、自由自在に雷球を避けきるエイジオンの動きは、まさに流水のそれだった。


『イィィィ、ヤッ!』


 落下の勢いを宿した蹴撃。

 そのままスラスターをふかし続け、空中に浮かんだままエイジオン・トゥイルは、連続して蹴りを叩きこむ。


『BYURAAAAAAAAAAA!』


 振るわれた能天使の六本翼。

 その攻撃を、両手をクロスして防いだエイジオンだったが、大きく吹き飛ばされてしまう。

 着地したエイジは、舌打ちとともに首を振る。


『あー、なるほどなるほど。やっぱり一撃の威力が下がるんだな。全然利いてないね』


 彼の言葉の通り、能天使は健在だった。傷ひとつ、ダメージひとつみられない。

 禍々しく、天使は翼を蠢動しゅんどうさせる。

 ゆっくりと立ち上がったエイジオンに、アカネが叫ぶ。


「倒せるの!?」

切り札ジョーカーは用意してある!』


 そのセリフに合わせ、エイジオンが両手を振る。

 ジャギィィィン! と音を立て、両腕一本ずつの刃が、前方へと伸ばされた。

 突進してくる能天使。

 すれ違いざま、エイジは気勢を吐く。


『イィィヤッ!』


 炸薬が弾ける音ともに、なにかが高速で振動する。

 能天使が、絶叫を上げた。

 その、蟹に似た脚の一つが、斬り飛ばされて宙を舞っていたのである。


超振動刃ヴィブロエッジ──どんなに堅牢な外殻も、可動域があるならば弱点もある! 関節ならば、斬り裂ける!』


 銃剣振動刃ガンブレイド・ヴィブロエッジ

 弾倉内で爆発した炸薬が、複合合金の刃を震わせる。これによって分子間の距離が縮まり、疑似単分子化──飛躍的に刃の強度を上昇させたのだ。


『GOOOOOOOOOOO!?』


 炸薬の音が響き、今度は天使の翼が両断される。

 切断の際、さらに振動を加えることで、能天使側の分子の結合を緩めているのだ。

 倍加した切れ味のまま、エイジオンは能天使を切り刻む。

 それでも、能天使はなお強大だった。

 雷球を吐き散らかし、高速で動き回り、残る翼と爪でもってエイジオンに襲い掛かる。


『いくら長時間戦えるようになったからって、補給なしで長期戦は不利だな』


 すでに戦闘時間は、以前の倍に達しようとしていた。

 エイジオン・トゥイルのクリスタルコアが、一度暗く光を失い、また戻る。


『資材がかつかつじゃ、全力稼働はこの程度か──そろそろ幕引きにさせてもらうぞ! 超振動刃・結合ハーモニックシザース!』


 エイジオンが両手をクロスする。

 するとヴィブロエッジがクロスした部分を起点とし、ひとつに統合──巨大なを形成する。

 その刃を一目見て、能天使は対応を変えた。

 翼を大きく広げると、そのまま退却しようとしたのである。


『逃すか!』


 飛翔する能天使。

 スラスターを全開にし、飛び上がるエイジオン。

 追いついたエイジオンが、その巨大な裁ちばさみを背後から振りかざし──


一切ラジャ両断理論刃ダンガリー!』


 能天使を挟み込み、満身の力でハサミを閉じて、


『流れる水のごとく、終幕ウェイブ・アップだ!』

『RIGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!?』


 外殻ごと、能天使のコアを裁断した。

 光となって消滅する天使。

 スラスターを展開し、音もなく地面へと降り立つエイジオン・トゥイル。

 二度三度、周囲に天使がいないことを確認した彼は。


『やったぜ』


 今度こそ、一息をつきながらアカネへとサムアップをして見せたのだった。


「────はぁ」


 アカネは。

 安堵から、ため息をついて。

 そしてその理由がわからず、首をかしげるのだった。


 翌朝。

 帰宅したマイリスを交え、アカネたちは蟹鍋をお腹いっぱいに食べた。

 騒がしい食事。

 普段は味を気にしないアカネだったが、その鍋はなぜだか、ひどくおいしく感じたのだった。




第2章 閉じた社会のサンドゥン──終わり

第3章 極限虚空のインフィニウム──に続く

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