響く産声のエイジオン‐Echoing choir AGE-ON‐

雪車町地蔵

第0章 起点──7年前の災厄

序曲‐α 少女と少年とイツワリの空

「人間はプリンターから生まれてくる」


 少女のつぶやきが、雲一つない、突き抜けるような青空にこだまする。

 六次元超弦出力装置──通称〝シックスDディメンションプリンター〟の発明によって、人間は設計図さえあればあらゆる構造物を産み出せるようになった。

 林檎も、サボテンも、建物も、車も。あるいは単分子、合金やエネルギーそのもの──

 そして、人間までも。


 少女の傍らに置かれた端末から、立体映像が空中へと投影される。

 彼女の白魚のような指が映像をタップすると、そこに点が形成される。

 点を指でなぞれば、それは線になり。

 線をつまみ、持ち上げれば、そこに立体──三次元の空間が形作られる。


「これに、時間という一次元を足して、四次元」


 それが、かつて人類が把握していた世界のすべてだった。

 しかし、映像は続く。

 点の中に存在する極小の世界──


「可能性の分岐である五次元に、平行世界の可能性を示唆する六次元」


 膨大な広がりを見せた図形へと、少女の手が伸びる。

 図形は立体となり、幾何学的にいくつにも分岐していく。


「平行世界への干渉──この超弦定理の完成によって、あたしたち人類は新たな地平に立った──」


 無数の立体。

 そのすべてを、一本の糸が貫通する。

 帯の性質をもった粒子が次元を貫くことで、人は素粒子のふるまいを知り、万物の設計図を解き明かした。

 因果の接続──あらゆる可能性を〝繋げる〟理論。

 これを、因果の超弦接続という。

 人はこれによって、六次元超弦出力装置を生み出したのである。


(なんていうのは、初等教育のいの一番で習うやつよ。誰だって知っている事実で、どうしようもない現実)


 指を振って、映像を消しながら。

 白い一繋ぎの制服を身に着けた少女は、いまだ琥珀色の瞳で空を見上げている。

 高層建造物の屋上にひっくり返り、長い髪の毛を広げ、あおむけでぶつぶつと彼女はつぶやき続けているのだった。


 彼女の表情と同じように、空の表情も変わらない。

 突き抜けるような青空のままで。

 それは──けっして突き抜けることのない、偽りの空だから。


(この空に雲が立ち込めることはない。この空を鳥が舞うことはない。あたしは知っている、この空が、紛い物であることを)


 外宇宙航行移民戦艦〝夜明けの光サンドゥン〟号。


 惑星規模の質量をようし、超弦理論と因果の接続──超弦接続励振航法によって疑似ワープを繰り返しながら、光速の60倍で宇宙空間を進むY字型の戦艦。

 少女はそこで産まれて、今日まで生きてきた。


 遥かな過去、人類は歴史上類を見ない大決断を下した。

 異形のバケモノ──人類存亡敵性体〝天使〟によって、多くの同胞を失った人類は、その根源を断ち切るため、遥かに遠い宇宙への旅路へと漕ぎ出したのだ。

 少女──ボドウ・アカネは、そんな旅の中、6Dプリンターで出力された子どもだった。


「あたしは、アウターだ」


 出力者アウター

 サンドゥン号で産まれた、すべてのモノが背負う宿命。

 外宇宙をあてどなく旅するなかで、資源の管理は厳重に制限された。

 また、人類的な社会構造を維持するうえでも、人は出生数を管理する必要があった。

 サンドゥン号の乗組員クルーは1億人。

 そのうち、いまだ正規の役職のない見習いである子どもたちは、2500万人。


(子どもが作られるためには、両親が真に必要だとしなくてはならない。真に愛し、望んだときにしか、その出力は許されない)


 例えば男性と男性が、女性と女性が、あるいは男性と女性が。

 サンドゥン号の最上位意思決定機関である統括局主機管理室に自分たちのDNAデータを転送し、認可されることで初めて、子どもの出力は許される。資源の利用は許可される。

 DNAという設計図で作られる人間は、構造物と何ら違いのない出力物アウターに過ぎなかった。


(あたしはアウターで。ならば、この青い空もアウターなんだろうか)


 少女はもやもやとした胸中と向き合いながら、考える。

 目の前に広がる鮮やかな青色が偽物だという現実に、奇妙な感慨と疑問を覚えて。


(サンドゥン号は巨大だ。あたしと比べたら、ウイルスと人体よりも差が大きい。自然というものを再現して、維持できるぐらい巨大な閉鎖空間。それがあたしのいる場所だ。だとしたら、ここにある空の色や、植物の緑は本物だろうか? 手を伸ばしても届かないけれど、届いてしまう場所がある空は、地球の過去の記録アーカイブスでみた空とは、あまりに違う)


 少女は視線を落とし、ゆっくりと周囲を眺めていく。

 どこまでも続く、規則的な構造物の街並み。

 高層ビルがあれば、次に平屋型の建造物があり、三つ続くと、中型の施設ができる。そのあとに高層ビル──同じような景色が、繰り返される。

 そのどれもが、輝くクリスタルのようなもので出来上がっている。

 建造物の間には道路があり、六人乗りの小型レールラインが風を切って進んでいる。

 ある区画では、背の高い植物がまとめて栽培されており、またある区画には水の集積場がある。

 アカネたちはそれを〝森〟だとか〝湖〟だとか、そういう名前で呼ぶように初等教育を受けてきた。

 もっとも、アーカイブスを見るのが趣味の彼女にしてみれば、


(これはアウターのまがい物だ)


 という、感想しか出てこないのだが。


(端末で過去のデータアーカイブを閲覧することはできるけれど、同じようにも見えるし、違うようにも思えることもある。この空の色は、ビデオでみた青空と違う。でも、どう違うかわからない。だとしたら──この世界のすべてが、出力物アウターだ。そしてあたしたちもアウターで、紛い物。じゃあ、あたしたちと出力物の違いはなんだ? 愛か。なら、愛とはなんだ? この堂々巡りのような思索の果てに紡がれる結論は──)


「全部、ニセモノなのかしら?」

「いや……案外そんなことはないんじゃないかな」


 少女のすぐ横で。

 誰かが困ったように、そう呟いた。

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