第1章 俺は流浪のアイサイト
第一曲 少女と赤服と風の旋律
秩序立てられたメロディーが、混線することもなく行儀よく流れている。
この戦艦の主機であり、あらゆる物資を生成するために必要なプリンター。
六次元超弦出力装置は、波動による干渉があって初めて、望むものをアウトプットしてくれる。
波動──つまり設計図さえあれば、古い時代の機織り機か3Dプリンターのように、すべてのものは因果の通りに出力されるのだ。
この波動には再現性があって、そのための譜面が存在することから、音楽に近い。
サンドゥンの乗組員にとって、譜面の演奏は必須の技能だった。
若き乗組員と、壮年の男女が行きかう雑踏のなか。
ボドウ・アカネの同僚である4名の〝赤服〟たちも、街頭に設置された自動譜面配布機──自配機から、それぞれ必要な楽譜の配給を受け、思い思いの食事をプリントアウトしていた。
6Dプリンターは、この惑星ほどもあるY字型の巨大宇宙戦艦、その中枢部に配置されている。
プリンターの力場は全域を覆っているため、艦内であればどこでも出力が可能なのだった。
(しかしこいつら、どういう神経をしているんだ?)
自身も赤い制服、そのポケットから波動端末を取り出しながら、アカネは同僚たちをいぶかしむ。
(このチームの天使の撃墜数はいまだ一桁。天使級以上になれば、追い返すことすらままならない現状に、思うところはないのか)
数日前、サンドゥン号は小型の天使から襲撃を受けていた。
これによって30名の人命が奪われており、公式発表では、資源の25%ほどが損失していた。
これは航海が始まって以来最悪の損害であり、日々の生活が大きく制限されるほどの危機でもあった。
事実、これを論拠にして、艦内有数の勢力であるガイア教団は、航海を打ち切るべきだとデモを行っている。
(それだけの失態を演じておいて飄々と食事がとれる
アカネ自身、訓練を終えて赤服になったばかりで、その戦闘では小型天使を倒すことしかできなった。
それを差し引いても、彼女には、同僚たちから覇気のようなものが感じられなかったのだ。
(赤服──統括局直轄、人類存亡敵性体天使対策室クワイアは、もっと使命に燃えるものの集まりだと思っていた。命を捨ててでも人類を守る盾──聞いていたのとは、ずいぶん違う。叔父様──7年前、あの絶望を撃退したサコミズ叔父様の直轄組織だからと、期待しすぎたのだろうか……)
「やあ、どうしたんだい、新入り? せっかく赤服を着ているんだから、恩恵にあずかったらどうかな?」
アカネの思索をさえぎる形で、四人のうちのひとり、半端に長い茶髪と、不自然に白い歯が特徴的な伊達男──サクライ・アキラが、声をかけてきた。
赤服はパイロットの証左だ。
天使と戦うことができる現在唯一の戦力、アームドゴーレム・バースの操縦者のみが、その服を着ることが許されている。
サンドゥン全体でみても、1%いるかどうかという貴重な人員のため、かなり多くの資源が優先的に支給されることになっている。
それは現状でも変わらなかった。
(そのことについて、この二枚目気取りは言っているのだろうけれど、そして命を最前線で費やすのだから、当然の対価ではあるけれど。それだけの働きを、私たちはできているのか?)
表向き、天使は彼女たちによる〝攻撃〟を受けて撃退された、ということになっている。
バースはそれだけの戦力であり、この船と乗組員を守る盾だと喧伝されている。
(だけれど、実際は追い返すことすらできない無力さだ。今回も常套手段で犠牲を払って駆除したに過ぎない。連中の弱点である胸のコアの破壊……叔父様ほどの手練れなら、たやすくやってのけるのだろうけど、あたしたちは──)
ぶつぶつとひとり呟くアカネに、無視されたのだと勘違いをしたアキラは、ムッとしたように詰め寄る。
「おいおい、僕を無視するなんてヒドイじゃないか、新入り! これでも僕は大天使級討伐数7体を誇る古参のパイロット──
「ええ、聴いております先輩殿。ところで先輩殿は何を召し上がっておいでですか?」
「ん?」
「なにを食べているのかと、訊きました」
とつぜん、慇懃無礼な調子でアカネに問いただされたアキラは、面食らったようだった。
しかし、すぐにマイペースな様子を取り戻すと、自慢たっぷりに、今齧ったばかりのそれを見せつけてくる。
「あ、ああ……僕はね、奮発してサンドウィッチだ。新鮮な疑似レタスにベーコン、人工卵が食べられるなんて、やはり赤服になってよかったと痛感しているよ! 栄養食ばかりの毎日は、もう飽き飽きだからね!」
「ああ、それは俺もです! この合成肉のハンバーガーがうまくてですね! ほかのクルーたちはかわいそうですよ、これが味わえなくて!」
私も、僕もと、残りの赤服たちがアキラに追従を始めるのを見て、アカネはとうとうため息をついた。
(つまり、こいつらに気概や覚悟なんてものはないんだ。他の船員たちが苦しんでいるときに、自分たちは甘い汁を吸える。それだけのために適当なことをやっているんだ。唾棄してやりたい、殴りつけてやりたい。でも、いまのあたしは、悔しいことにこいつらと何も変わらない──)
ギリリと奥歯をかみしめたアカネは、そっと髪留めへと手を伸ばす。
星を象ったそれは、彼女の覚悟が詰まった代物だった。
「栄養食も、悪くないですよ」
「では君は、栄養食を注文するのかな、レーションでも?」
アキラの言葉に嘲笑が上がる。
アカネは押し黙り、無言で波動端末を唇に押し当てた。
事前申請によって端末にダウンロードされていた譜面が旋律を奏で、自配機から配布される資源へと干渉する。
波動は量子に干渉し、粒子帯を形作る。
粒子帯はその場で編み上げられ、因果を結び、求められたものを形成する。
展開されていた力場──〝たまご〟がひび割れ、彼女が望んでいたものが、転がり出た。
それを見て、
「なんだ、それ?」
「はははははははは! こいつは傑作だ!」
「せっかくの資源をそんなものに使うなんて、無能ですね……」
「これだから浮かれている新人は」
四者四様の嘲笑を浴びせられ、それでもアカネは、眉根一つ動かさなかった。
気に留めることもなく、その場で踵を返す。
「あ、おい!」
「お構いなく、先輩殿。あたしは、行くところがありますので、これにて失礼させていただきます」
「そういうわけにはいかないんだね、これが。新人の君は、今回の出撃で僕らより多くの資源リソースを受け取っているはずだ。赤服ではそれを先輩たちに上納するのが決まりになっているんだよ。だから、譲渡してもらうよ!」
(聞いたこともない決まりだが……つまり、あたしにたかりたいわけか。本当に、本当に度し難い連中だ)
ムカムカとした彼女の内心は、そのまま表情に出てしまっていた。
赤服の同僚たちが、露骨に表情をゆがめ、殺気立つ。
アイコンタクトだけを済ませると、アキラを筆頭にして、彼女を包囲するように動き始めた。
「どうやら教育が必要らしい。新人くん、僕らがみっちり、赤服としてのやり方を教えてあげよう。そうさ、これは訓練の一環だからね」
「……よっぽどわかりやすくて、いいですね」
「は?」
アキラが首を傾げた時には、アカネは地を蹴っていた。
──いや、蹴ろうとして。
(──え?)
風の中に響く、その旋律に動きを止めたのだった。
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